玉勝間 / 八の巻 万葉集に見えたる和気と云ふ称
皇子たちなどの御名にある、某別、又姓のかばねの、某の別などの別には有らで、萬葉集の歌に、一種の和氣と云へる稱有リ。そを人皆、みづからひげして云ふ稱とのみ心得たるは、くはしからず。常に打まかせてひげして、僕など云ふとは異にして、これは、人より我をさして云ふ詞をまうけて、そを其人に云ひ遣るとて、殊さらに我を賤きさまに云ひなす稱なり。さるはすこしたはぶれたる物にて、まことのひげには有らず。四の卷に、わが君は和氣をば死ねと思へかも云云、これ人の我を死ねと思ふと云ふ事を、まうけて、云ひ遣るなり。さて我を賤しめて云ふから、人をば吾妹子と云ふべきを、殊更にあがめたるさまに、わが君と云へるも、少したはぶれなり。同じ卷に、黑木とりかやもかりつつつかへめどいそしき和氣とほめむともあらず、これも同じ事にて、人の我をいそしき者と云はむ詞を、設けて云ひやるなり。
新字:皇子たちなどの御名にある、某別、又姓のかばねの、某の別などの別には有らで、万葉集の歌に、一種の和気と云へる称有リ。そを人皆、みづからひげして云ふ称とのみ心得たるは、くはしからず。常に打まかせてひげして、僕など云ふとは異にして、これは、人より我をさして云ふ詞をまうけて、そを其人に云ひ遣るとて、殊さらに我を賤きさまに云ひなす称なり。さるはすこしたはぶれたる物にて、まことのひげには有らず。四の巻に、わが君は和気をば死ねと思へかも云云、これ人の我を死ねと思ふと云ふ事を、まうけて、云ひ遣るなり。さて我を賤しめて云ふから、人をば吾妹子と云ふべきを、殊更にあがめたるさまに、わが君と云へるも、少したはぶれなり。同じ巻に、黒木とりかやもかりつつつかへめどいそしき和気とほめむともあらず、これも同じ事にて、人の我をいそしき者と云はむ詞を、設けて云ひやるなり。
書き下し
皇子たちなどの御名にある、某別、又姓のかばねの、某の別などの別には有らで、万葉集の歌に、一種の和気と云える称有り。そを人皆、みずからひげして云う称とのみ心得たるは、くわしからず。常に打まかせてひげして、僕など云うとは異にして、これは、人より我をさして云う詞をもうけて、そを其人に云い遣るとて、殊さらに我を賤きさまに云いなす称なり。さるはすこしたわぶれたる物にて、まことのひげには有らず。四の巻に、わが君は和気をば死ねと思えかも云云、これ人の我を死ねと思うと云う事を、もうけて、云い遣るなり。さて我を賤しめて云うから、人をば吾妹子と云うべきを、殊更にあがめたるさまに、わが君と云えるも、少したわぶれなり。同じ巻に、黒木とりかやもかりつつつかえめどいそしき和気とほめむともあらず、これも同じ事にて、人の我をいそしき者と云わむ詞を、もうけて云いやるなり。
現代語訳
皇子たちなどのお名前にある「某別(なにわけ)」、また姓のかばねの「某の別」などの「別」ではなく、万葉集の歌に、一種の「わけ」という呼び方がある。それを人はみな、自分をへりくだって言う呼び方とばかり心得ているのは、詳しくない。ふだん無造作にへりくだって「僕(やつかれ)」などと言うのとは異なり、これは、相手から自分を指して言う言葉を仮に設けて、それを相手に言い送るのに、ことさらに自分を賤しい様子に言いなす呼び方である。それは少し戯れたものであって、本当のへりくだりではない。巻四に「わが君はわけをば死ねと思えかも(わが君は、このわけめを死ねとお思いなのか)」云々とあるのは、相手が自分を死ねと思っているということを仮に設けて言い送るのである。さて自分を賤しめて言うので、相手を「吾妹子」と言うべきところを、ことさらにあがめた様子に「わが君」と言っているのも、少し戯れである。同じ巻に「黒木取り萱も刈りつつ仕えめどいそしきわけとほめんともあらず(黒木を取り萱も刈ってお仕えしているけれど、よく働くやつだとほめてくださるふうもない)」とあるのも同じことで、相手が自分を「よく働く者」と言うであろう言葉を仮に設けて言い送るのである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 万葉集に見えたる和気と云ふ称次に家持の卿のかえしに、わが君にわけはこうらし給いたるつばなをくえどいややせにやす、此わけは、ただに我を云うに似たれども、然らず。女郎がたわぶれをうけて、その和気とのたまえる我はと云う意なり。かなたの戯の詞を受けて、そのままに云いかえす事、今の世にも有る事なり。又これも、必ず吾妹子と云うべきを、わが君にと云えるも、女郎が、こなたを和気と云えるを、打返して、あがめたるたわぶれなり、心をつくべし。上の件の和気の事、斯くまぎらわしき歌ある故に、昔よりよく解得たる人無きを、右の如く心得る時は、皆明らかにして、まぎれ無く、戯奴と書る由も、よく聞えたり。
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『玉勝間』八の巻 万葉集に見えたる和気と云ふ称さて八の巻に、わけがため我手もすまに春の野にぬけるつばなぞめしてこえませ、これはわけがため我手も云云と有れば、わけは汝なり、又ひるはさきよるはこいぬるねむの花君のみ見めや和気さえに見よ、是れも見よとあれば、和気は汝なるに、君のみ見めやは、かなわざるにつけて思うに、君の字は吾を誤れるなるべし。そもそも此二首は、人をさして、和気と云える事、四の巻に、我を云えると、うらうえのたがいにて、いとまぎらわしきを、つらつらに考うるに、まず此二首は、紀の女郎が、家持の卿に贈れる歌なれば、家持の卿を、和気といやしめては云うべきよし無きに、然云えるは、殊更にたわぶれたる詞なり。さる故に、戯奴と書きて、変じて和気と云うと注したり。是れもとより詠み人の書るままなるべし。そは君を奴の如く、賤めて、和気と申すは、戯れぞと云う意を、知らせたる物なり。さてその和気と云うは、四の巻なる如く、もうけて、殊更にいやしめて云いなす称にして、我事ながら、人より云う詞につかう称なる故に、汝と云うに用いたるなり。
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『玉勝間』一の巻 水茎の岡水茎の岡とつづきたる水茎は、みな岡の枕詞にして、地の名にはあらず。然るを昔より、枕詞なることを知れる人無くして、あるいは筑前、あるいは近江の地名と心得来つるは、ひがことなり。水ぐきは、みづみづしき茎と云うことにて、草木の茎なり。さてくきと云えば、すなわち木の事にも、草のことにもなれり。木の神を久久能智と云うにて心得べし。さて岡とつづくるは、稚の意なり。わとおと通う例、わななく、おののく、わかづる、おこづる、たわやめ、たおやめなど、なお多き中に、神楽の取り物の歌に、天にますとよ岡姫のと有るをとりて、源氏物語のおとめの巻の歌には、天にますとよわか姫と詠める、これ正しく岡と若と通う例なり。さればみづみづしき木の稚しと云う意にて、みづぐきの岡とは続くるなり。また万葉六に、水城と続けたるは、やがてみづみづしき茎のみづ木と、重ねたるなり。七に水茎の崗水門と詠めるは、筑前の国遠賀郡にて、風土記に塢舸水門と見えて、ただ岡と云う地名なり。この歌の外に、筑前に水ぐきの岡と云うこと、古書に見えたること無し。仲哀紀に洞の海と云う有るを思いて、洞を、水ぐきと一つかと思うも、ひがことなり。洞の海は、おかのみなととは別所なり。
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『玉勝間』八の巻 万葉集に乎知と云ふ言万葉集五の巻に、わがさかりいたくくだちぬ雲にとぶ薬はむともまた遠知めやも、雲にとぶくすりはむよは京見ばいやしき我身また越知ぬべし、此二つの遠知と云う言、落にしては、仮字もたがい、歌の意も聞えず。昔より解えたる人無きを、おのれ考え得たり。まず此二うたは、久しく筑紫に在りて、京を恋しく思いて詠めるにて、始めの歌の意は、わがよわい盛り過て、いたく衰えたり、今はかのもろこしに有りし、淮南王の仙薬を服とも、又若き昔にかえる事は得あらじとなり。次なるは、淮南王の薬をはまんよりは、我は、京を見たらば、又昔にかえりて、若くなるべしとなり。遠知は、何事にても、又もとへかえる意にて、此歌どもなるは、身の又若かりし昔にかえるを云えるなり。十七の巻、家持主の鷹の長歌に、手ばなれも乎知もかやすき云云、こは鷹を褒めたるにて、この乎知は、本の手へ返りくる事を云えるなり。二十の巻に、わが屋戸に咲るなでしこまいはせむゆめ花ちるないや乎知にさけ、是れも又初めへ返り返りして、いよいよ久しく咲けと云えるなり。
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『玉勝間』十四の巻 夜〃寝ず起てゐるを居と云へる事万葉集二に、「居あかして君をばまたむ、ぬば玉のわが黒髪に霜はふるとも、十一に、「真袖もち床うちはらい君まつと居りしあいだに月かたぶきぬ、十八に、「おりあかしこよいはのまむ、ほととぎすあけむあしたはなきわたらむぞ、二十に「家おもうといをねずおれば、たずがなくあしべも見えず春の霞に、なおあり。大かたこのたぐいの居は、ただ一わたり軽くつねに云うとはかわりて、夜る寝ずに、起きて居る意なり。軽く見るべからず。
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『玉勝間』九の巻 たふとみて令と云ふ詞古語に人の事を尊みて、行くをゆかす、立つをたたすなど云えるを、中昔には、ゆかせ給う、たたせ給うなど云い、記録ぶみなどには、令行給、令立給など書けり。この類の令と云う詞は、いと古くは見えざる事なるに、万葉十四の、上野の国の歌に、あしふましむなと有るは、いと珍らし。かの集の頃の歌、他は皆、あしふますなと云える例なり。
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