玉勝間 / 八の巻 ほうしだてら
俗に女などの似つかはしからぬわざするを、女たてらと云ふことば有り。狹衣の物語に、或法師の、女を盜みて、車に乘りて物する事を、ほうしだてら、斯くあながちなるわざをし給へば、と見えたり。
新字:俗に女などの似つかはしからぬわざするを、女たてらと云ふことば有り。狭衣の物語に、或法師の、女を盗みて、車に乗りて物する事を、ほうしだてら、斯くあながちなるわざをし給へば、と見えたり。
書き下し
俗に女などの似つかわしからぬわざするを、女たてらと云うことば有り。狭衣の物語に、或る法師の、女を盗みて、車に乗りて物する事を、ほうしだてら、斯くあながちなるわざをし給えば、と見えたり。
現代語訳
俗に、女などが似つかわしくないことをするのを「女だてら」と言う言葉がある。狭衣物語に、ある法師が女を盗み出して車に乗って行くことを、「法師だてらに、このように無理なことをなさるので」と見える。
解説
「女だてらに」という言い方の「だてら」が、古くは法師についても使われていたことを示した段である。「だてら」は、その身分や立場に似合わないことをするのを咎める意を添える語で、宣長の時代には主に「女だてらに」の形で使われていた。宣長は平安時代後期の狭衣物語に、女を盗み出して車で連れ去る法師を「法師だてら」と評した例を見つけた。僧でありながら女を盗むという、身分にあるまじき振る舞いを咎める言葉である。後に「女だてら」の形ばかりが残ったことは、世の中が誰の振る舞いを咎めがちであったかを映しているともいえる。今日では「女だてらに」は性別による決めつけを含む言葉として避けられることが多い。言葉の型の移り変わりから、社会の見方の偏りに気づかせてくれる段である。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 ひたたれ後撰集に、ひたたれ乞いに遣わしけるに、うらなん無き、それはきじとや、いかがと云いたれば、藤原の元輔、住吉のきじとはいわじおきつ浪猶うちかけようらはなくとも、台記の別記に、次に家行朝臣を召し、比多多礼(桜萌黄)を賜う、仰せて云う、路頭に定めて寒気有らん、之を以て寒を禦げ、云云と見え、兵範記に、久安五年十一月十一日、今日故姫宮の周闋の御法事を行わる、云云、布施云云、織物の直垂一領(故宮の御衣)、また保元三年二月九日、聟取りのところに、男女相伴いて帳中に入らる、下官〓を覆う(直垂なり)、宇治拾遺物語に、入てねむとするに、綿四五寸ばかりあるひたたれあり云云、此ひたたれひききて、ふしたる心云云、など有るを見れば、直垂はもと、綿を入れて、寒きをふせぐ物にて、衾にもしたりけむ。又昔は女もきたりしにや、後撰集に、裏なしと有るは、綿をつけて、裏の無きを云えるなるべし。
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『玉勝間』八の巻 くぎぬき門屋根も無くて、門のようしたる物を、くぎぬきと云うは、狭衣の物語に、門なども無くて、唯だくぎぬきと云う物をぞしたりけると有り。
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『玉勝間』五の巻 ほほかす ひき物を棄つることを、俗事にほかすと云うは、おちくぼの物がたりに、ほおかし給うと有り。又同じ物語に、弁の君がひきにて参りたりと有る、ひきは、今云うひいきなり。
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『玉勝間』八の巻 そばへもよらぬ竹取物語に、つねにつかうまつる人を見給うに、かくや姫のかたわらに寄るべくだにあらざりけりと有るは。俗の詞に、物をくらべて、こよなく劣れるを、そばへもよらぬと云うに同じ。
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『玉勝間』七の巻 手代同書に慈厳僧正云々、手代玄円法印を以て、勤修せしむべしと云々と有り。手代と云うこと、法師にも云いしにこそ。
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『玉勝間』八の巻 きぬかぶりをぬぐ事地蔵の物の中に捨て置きたるを、きと見て、時々、きぬかぶりしたるを、うちぬぎ、かしらを傾ぶけて、すこしすこしうやまいおがみつつ行く時も有けりと、同じふみに見えたり。昔も、きぬかぶりなどは、ぬぐをうやまいとしたりけむ。
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