言志四録 / 南洲手抄
處晦者能見顯。據顯者不見晦。
新字:処晦者能見顕。拠顕者不見晦。
書き下し
晦に処る者は能く顕を見る。顕に拠る者は晦を見ず。
現代語訳
暗い所にいる者は、明るい所がよく見える。明るい所にいる者は、暗い所が見えない。
解説
明暗の見え方を通して、立場と視野の関係を鋭く突いた一条です。暗がりにいる者からは、明るい場所の様子がはっきり見える。しかし明るい場所にいる者からは、暗がりの中は見えない。つまり、目立たない側・弱い側からは強い側がよく見えるが、その逆は見えにくい。権力や優位にある者ほど、下や陰の状況に気づけないという警句とも読めます。順風のとき、恵まれた立場のときこそ、見えていない「晦」があると自覚せよ。控えめな一句に、立場の驕りを戒める深い洞察が込められています。
この章句が説くこと
明暗立場視野謙虚
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