呻吟語 / 内篇・應務・慎果の二字、明哲の二字
士君子當大事時,先人而任,當知慎果二字;從人而行,當知明哲二字。明哲非避難也,無裨於事而只自沒耳。
新字:士君子当大事時,先人而任,当知慎果二字;従人而行,当知明哲二字。明哲非避難也,無裨於事而只自没耳。
書き下し
士君子大事に當たる時、人に先んじて任ずるは、當に慎果の二字を知るべし。人に從ひて行ふは、當に明哲の二字を知るべし。明哲は難を避くるに非ず。事に裨無くして只だ自ら沒するのみなればなり。
現代語訳
士君子が大事に当たるとき、人に先んじて引き受けるなら、慎むことと思い切ることの二字を知るべきです。人に従って行うなら、明らかで哲いという二字を知るべきです。明哲とは難を避けることではありません。事に何の助けにもならず、ただ自分が沈むだけだからです。
解説
立場によって心得を変えます。先頭に立つなら慎重さと決断力、従う側なら明察と分別。そして明哲保身という言葉に先回りして弁明します。避けるのは保身ではなく、助けにならないのに沈むのが無意味だから、と。従う立場の身の処し方を、逃げではなく判断として位置づけた一段です。従う立場の身の処し方を、逃げではなく判断としています。
この章句が説くこと
立場慎果明哲保身判断
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