墨子 / 非儒下
存民扵是厚其禮,留其封,敬見而不問其道。孔丘乃志怒於景公與晏子,乃樹鴟夷子及於田常之門,告南郭子以所欲為,歸於魯。有頃,間齊将伐魯,告子貢曰:「賜乎!舉大事於今之時矣。」乃遣子貢之齊,因南郭惠子以見田常,勸之伐吳,以教髙、國、鮑、晏,使毋得害田常之亂,勸越伐吳。三年之内,齊吳破國之難,伏尸以言術數,孔丘之誅也。
新字:存民扵是厚其礼,留其封,敬見而不問其道。孔丘乃志怒於景公与晏子,乃樹鴟夷子及於田常之門,告南郭子以所欲為,帰於魯。有頃,間斉将伐魯,告子貢曰:「賜乎!舉大事於今之時矣。」乃遣子貢之斉,因南郭恵子以見田常,勧之伐呉,以教高、国、鮑、晏,使毋得害田常之乱,勧越伐呉。三年之内,斉呉破国之難,伏尸以言術数,孔丘之誅也。
書き下し
民を存す。是に於いて其の禮を厚くし、其の封を留め、敬して見るも其の道を問わず。孔丘、乃ち景公と晏子とに志怒し、乃ち鴟夷子を樹てて田常の門に及ぼし、南郭子に欲する所を為すを告げ、魯に歸る。頃有りて、齊の将に魯を伐たんとするを間き、子貢に告げて曰く、「賜や、大事を今の時に舉げん」と。乃ち子貢を齊に遣わし、南郭惠子に因りて以て田常に見え、之に吳を伐つを勸め、以て髙・國・鮑・晏を教え、田常の亂を害するを得ざらしめ、越に吳を伐つを勸む。三年の内、齊・吳、國を破るの難あり、伏尸は術數を以て言う。孔丘の誅なり。
現代語訳
民を安んじた。そこで礼を厚くし、封じる話は留め置き、敬って会いはしたが、その道を問わなかった。孔丘は景公と晏子に怒りを抱き、鴟夷子を立てて田常の門に及ばせ、南郭子に自分のしたいことを告げて魯に帰った。しばらくして斉が魯を伐とうとしていると聞き、子貢に告げた。「賜よ、大事を今こそ起こそう」。そして子貢を斉に遣わし、南郭恵子を通して田常に会わせ、呉を伐つよう勧め、高・国・鮑・晏の四家に働きかけて田常の乱を妨げられないようにし、越に呉を伐つよう勧めた。三年のうちに斉と呉は国を破る難に遭い、倒れた屍は数え上げるほどであった。これは孔丘の招いた罰である。
解説
この章句が説くこと
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