呻吟語 / 内篇・應務・卑は恭を學ばず、貧は儉を學ばず
謙忍皆居尊之道,儉樸皆居富之道。故曰:卑不學恭,貧不學儉。
新字:謙忍皆居尊之道,倹樸皆居富之道。故曰:卑不学恭,貧不学倹。
書き下し
謙忍は皆な尊に居るの道なり。儉樸は皆な富に居るの道なり。故に曰く、卑は恭を學ばず、貧は儉を學ばずと。
現代語訳
謙りと忍びは、どれも高い位にいる者の道です。倹しさと素朴さは、どれも富める者の道です。だから、身分の低い者は恭しさを学ばず、貧しい者は倹しさを学ばないと言うのです。
解説
徳目に、それがふさわしい立場を割り当てます。謙譲は高位者の、倹約は富者のものだ、と。だから低い者は恭しさを、貧しい者は倹しさを、わざわざ学ぶ必要が無い。すでにそうならざるを得ないからです。徳目を万人向けの一律の課題とせず、立場ごとの課題として配分する見方が示された一段になっています。徳目を、立場ごとの課題として配分する見方です。
この章句が説くこと
立場謙譲倹約配分徳目
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