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玉勝間 / 八の巻 獅子舞

神社に有る、獅子がしらと云ふ物、本はたはぶれの物なるべし。白氏文集、西涼伎詩に、西涼伎、假面胡人、假獅子、刻木爲頭絲作尾、金銭眼睛銀帖齒、奮迅毛衣擺雙耳、如從流沙來萬里、紫髯深目兩胡兒、鼓舞跳梁前致辭、云云と有る、是れをまねびたる物と見えたり。そのさまもはら同じ。

新字:神社に有る、獅子がしらと云ふ物、本はたはぶれの物なるべし。白氏文集、西涼伎詩に、西涼伎、仮面胡人、仮獅子、刻木為頭糸作尾、金銭眼睛銀帖歯、奮迅毛衣擺双耳、如従流沙来万里、紫髯深目両胡児、鼓舞跳梁前致辞、云云と有る、是れをまねびたる物と見えたり。そのさまもはら同じ。

書き下し

神社に有る、獅子がしらと云う物、本はたわぶれの物なるべし。白氏文集、西涼伎の詩に、西涼伎、仮面の胡人、仮の獅子、木を刻みて頭と為し糸もて尾を作る、金もて眼睛に鍍し銀もて歯に帖す、奮迅して毛衣を振い双耳を擺う、流沙より来たること万里なるが如し、紫髯深目の両胡児、鼓舞跳梁して前みて辞を致す、云云と有る、是れをまねびたる物と見えたり。そのさまもはら同じ。

現代語訳

神社にある獅子頭というものは、もとは遊戯のものであろう。白氏文集の「西涼伎」の詩に「西涼の伎、仮面をつけた胡人、作り物の獅子。木を刻んで頭とし、糸で尾を作る。金で目玉を飾り、銀を歯に貼る。勇ましく毛衣を振るい両耳を振り動かすさまは、流沙の地から万里を来たかのよう。紫のひげに深い目の二人の胡の少年が、鼓に合わせて舞い跳ね、進み出て口上を述べる」云々とあるのを、まねたものと見える。その様子がまったく同じである。

解説

神社の獅子頭と獅子舞の起こりを、唐の白居易の詩から推した段である。白居易の「西涼伎」は、西域の涼州から伝わった芸能を詠んだもので、木彫りの頭に糸の尾をつけた作り物の獅子を、胡人の少年たちが操って舞わせるさまを描いている。宣長は、神社にある獅子頭がこれとまったく同じ姿であることから、もとは神聖な神具ではなく、大陸伝来の見世物の芸をまねたものだろうと見る。獅子舞は、伎楽や舞楽とともに古く大陸から伝わり、寺社の法会や祭礼で演じられるうちに、魔を払う芸として定着していった。宣長は、神社にあるから古来の神の道具だと思い込むことを戒め、由来を正しく見分けようとしたのである。祭の中の見慣れたものにも、遠い西域から伝わった歴史があることに気づかせてくれる段である。

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