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玉勝間 / 八の巻 宿老 庄屋 名主

京大坂などにて、町町の長を、宿老と云ひ、ゐなかにて、村の長を、庄屋と云ふ。これを吾妻にては、江戶にても田舍にても、名主と云ふなり。此名主と云ふ稱、東鑑などにも、所所見えたり。これは中頃の書どもに、諸國の村里の名に、某名と云ふ名多し、それ多くは人ノ名のごとし。たとへば恒光名永平名など云へるたぐひなり。されば名主と云ふは、此某名より出たる事にやあらむ。

新字:京大坂などにて、町町の長を、宿老と云ひ、ゐなかにて、村の長を、庄屋と云ふ。これを吾妻にては、江戸にても田舎にても、名主と云ふなり。此名主と云ふ称、東鑑などにも、所所見えたり。これは中頃の書どもに、諸国の村里の名に、某名と云ふ名多し、それ多くは人ノ名のごとし。たとへば恒光名永平名など云へるたぐひなり。されば名主と云ふは、此某名より出たる事にやあらむ。

書き下し

京大坂などにて、町々の長を、宿老と云い、いなかにて、村の長を、庄屋と云う。これを吾妻にては、江戸にても田舎にても、名主と云うなり。此名主と云う称、東鑑などにも、所々見えたり。これは中頃の書どもに、諸国の村里の名に、某名と云う名多し、それ多くは人の名のごとし。たとえば恒光名永平名など云えるたぐいなり。されば名主と云うは、此某名より出たる事にやあらむ。

現代語訳

京都や大坂などでは、町々の長を「宿老」と言い、田舎では村の長を「庄屋」と言う。これを東国では、江戸でも田舎でも「名主」と言うのである。この名主という呼び名は、吾妻鏡などにもところどころ見える。これは、中世の書物に、諸国の村里の名に「某名(なにみょう)」という名が多く、それは多く人の名のようである。たとえば恒光名、永平名などという類である。だから名主というのは、この某名から出たことであろうか。

解説

町や村の長の呼び名が、上方と東国とで違うことに目をとめ、「名主」の語源を推した段である。江戸時代、京や大坂の町では町の長を宿老、上方の村では庄屋、東国では町も村も名主と呼んだ。宣長は、名主の語が鎌倉幕府の記録である吾妻鏡に見えることを示し、中世の土地の単位である「名(みょう)」にその由来を求める。名は、荘園や公領の田地を、恒光名、永平名のように人の名をつけて呼んだ単位で、その名田を持つ者が名主であった。宣長の推測は、今日の歴史学の理解とよく一致している。地方によって同じ役職の呼び名が違うことは、その地の歴史の違いを映している。宣長は、身近な村役人の呼び名から、中世の土地制度にまでさかのぼって考えた。日常の呼び名に、社会の仕組みの長い歴史が刻まれていることを教える段である。

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