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玉勝間 / 四の巻 某男と云ふ称

同じ書に、澁谷ノ庄司重國郞從平太男、行光郞從藤五男、愚息泰村男、眞正男など云ふ事あり。つれづれ草にも、又五郞男など云へり。此外にもその頃の書に、いやしき者を某男と云へる事多し。

新字:同じ書に、渋谷ノ庄司重国郎従平太男、行光郎従藤五男、愚息泰村男、真正男など云ふ事あり。つれづれ草にも、又五郎男など云へり。此外にもその頃の書に、いやしき者を某男と云へる事多し。

書き下し

同じ書に、渋谷の庄司重国の郎従平太男、行光の郎従藤五男、愚息泰村男、真正男など云う事あり。つれづれ草にも、又五郎男など云えり。この外にもその頃の書に、いやしき者を某男と云える事多し。

現代語訳

同じ書に、「渋谷庄司重国の郎従の平太男」「行光の郎従の藤五男」「愚息の泰村男」「真正男」などと言うことがある。徒然草にも「又五郎男」などと言っている。このほかにもその頃の書物に、身分の低い者を「某男(なにがしおとこ)」と言うことが多い。

解説

吾妻鏡や徒然草に見える「某男」という呼び方を集めた一段である。「平太男」「藤五男」のように、通り名の下に「男」を付けて人を呼ぶ言い方が、郎従など身分の低い者に多く使われた、と宣長は指摘する。徒然草にも、宮中の公事に詳しい老いた衛士として「又五郎男」が出てくる。ただ用例の中には「愚息泰村男」のように、自分の子をへりくだって呼ぶものもある。呼び方ひとつに、相手との身分の距離や、話し手の謙遜が込められているのである。宣長は用例を並べるだけで結論を急がないが、こうして並べることで、その頃の人の呼び方の型が浮かび上がる。人の呼び名は、その時代の身分の秩序を映す鏡でもある。

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