玉勝間 / 八の巻 らくしゆ
又たはぶれのさとび歌に、らくしゆと云ふ一くさ有リ。これもかの落しぶみよりうつりて、もとは落書なりけんを、訛りてらくしゆとは云ふなンめり。愚問賢注に、童謠落書の歌と有る、これなり。
新字:又たはぶれのさとび歌に、らくしゆと云ふ一くさ有リ。これもかの落しぶみよりうつりて、もとは落書なりけんを、訛りてらくしゆとは云ふなンめり。愚問賢注に、童謡落書の歌と有る、これなり。
書き下し
又たわぶれのさとび歌に、らくしゅと云う一くさ有り。これもかの落しぶみよりうつりて、もとは落書なりけんを、訛りてらくしゅとは云うなめり。愚問賢注に、童謡落書の歌と有る、これなり。
現代語訳
また戯れの俗な歌に「らくしゅ(落首)」という一種がある。これもあの落とし文から移って、もとは「落書(らくしょ)」であったのを訛って「らくしゅ」と言うのであろう。愚問賢注に「童謡落書の歌」とあるのがこれである。
解説
前段の「落書」に続き、世相を風刺する匿名の戯れ歌「落首(らくしゅ)」も、同じ「落書」から出たものだと論じた段である。落首は、時の政治や世の中を皮肉った狂歌などを、作者を隠して人目につく場所に貼り出したもので、江戸時代にもしばしば流行した。宣長は、「らくしゅ」は「らくしょ」の訛りであろうと推し、南北朝時代の歌論書愚問賢注に「童謡落書の歌」とあるのを証とする。愚問賢注は、二条良基の問いに歌僧頓阿が答えた問答形式の書である。童謡は、子どもの歌う形をとって世の出来事を予言したり風刺したりする歌で、古代から政治的な意味をもつとされた。宣長は落首を「首」という字面の意味からではなく、音の変化の筋道から説明している。字の意味にとらわれず、音の流れから言葉の由来をたどる宣長の方法が、ここでも貫かれている。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 らくがき云わまほしき事の、あらわに云い難きを、誰がしわざとも、知らるまじく書きて、おとし置くを、落し書と今も云えり。古くより有りし事にて、そを又門屏などようの所に、おしもし、ただに書きもしけむ。斯くてその落しぶみを、文字ごえに、らくしょとも云いならいしを、後に其文字につきて、らくがきとも云いて、又後には、唯だ何と無く、たわぶれに、さる所に物書くを、らくがきとは云うなり。
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『玉勝間』十二の巻 歌に六義と云ふ事いわゆる古注に、おおよそむくさに分かれむことは、えあるまじき事になむと云えるぞ、よくあたれる論いには有りける。この一言にて、六義の論は尽きたるべし。
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『玉勝間』二の巻 歌書の註を抄となづくる事昔より、歌ぶみの註を抄と云いて、その名をも多く某抄とつくる。抄の字は、註釈にはあたらざれども、もろこしよりして、仏ぶみには、その書のさまにかかわらで、記とも集とも抄とも名づけたる、つねの事なれば、歌ぶみの註を抄と云うも、もと仏書の名どもにならえる物なるべし。
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『玉勝間』五の巻 狂歌狂歌と云うこと、文粋の一の巻、源の順の歌の小序に見えたり。但しからのなり。今云う狂歌には有らず。
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『玉勝間』十二の巻 事のはじめてそのきはになるを口と云ふ事俗語に、事の始めてその際になるを、なにがし口と云うこと、ふるし。拾遺集物の名に、くち葉色の折敷、あしひきの山の木の葉のおち口は色の惜しきぞあわれなりける。
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『玉勝間』三の巻 とかたと云ふ詞童蒙抄に、山家の冬の夜と云うこころを、経信卿、「山里は夜床さえつつ明にけりとかたぞかねの音のすなるは、これいずかたぞと云うべきを、とかたぞと詠めり、いかがとあり。今の世の言に、いずくを、どこと云い、いずれをどれ、いずちまたいずかたを、どちと云うは、此とかたのとにやあらん。
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