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玉勝間 / 八の巻 某屋と云ふ家の号の事

近き世商人の家の号、おしなべて某屋と云ふ。それに色色のしな有り。まづ酒屋米屋など云ふ類ひは、其物を賣るよしにて、こは古くも云ひし事にぞ有けむ。又大和屋、河內屋、堺屋、大津屋などのたくひは、先祖の出たる國里の名なり。又えびす屋大黑屋などは、福神と云ふをもて、いはひたるなり。又松屋、藤屋、桔梗屋、菊屋、鍵屋、玉屋、海老屋、龜屋など云ふたぐひ、木草の名、うつは物の名、あるは魚鳥の名などもて附けたるは、風流たるを好めるにて、これも中原ノ康富ノ記に、應永廿七年十一月七日壬申、春日祭也、予依爲分配、早朝南都下向、天蓋大路龜屋着之、史員職行秀等同宿也、と有るを見れば、そのかみもはやく有し事なり。この龜屋は、旅人やどす家にや有けむ。さて此類ひの号は、もろこしの國にて、某堂、某亭、某軒、某齋など云ふと、同じ心ばへなり。さる故に昔は、商人のみならず、然るべき者も、好みてつけたりと見えて、伊勢の御師と云ふ者などにも、某屋大夫と云ふが多く有なり。そはもと風流たるを好みてつけたる物なるを、あき人の家におしなべて、某屋とはつくゆゑに、今はかへりて卑き号となりて、先祖より傳はりたるをも、いとひて、屋ノ字を、谷にかへなどすめり。

新字:近き世商人の家の号、おしなべて某屋と云ふ。それに色色のしな有り。まづ酒屋米屋など云ふ類ひは、其物を売るよしにて、こは古くも云ひし事にぞ有けむ。又大和屋、河内屋、堺屋、大津屋などのたくひは、先祖の出たる国里の名なり。又えびす屋大黒屋などは、福神と云ふをもて、いはひたるなり。又松屋、藤屋、桔梗屋、菊屋、鍵屋、玉屋、海老屋、亀屋など云ふたぐひ、木草の名、うつは物の名、あるは魚鳥の名などもて附けたるは、風流たるを好めるにて、これも中原ノ康富ノ記に、応永廿七年十一月七日壬申、春日祭也、予依為分配、早朝南都下向、天蓋大路亀屋着之、史員職行秀等同宿也、と有るを見れば、そのかみもはやく有し事なり。この亀屋は、旅人やどす家にや有けむ。さて此類ひの号は、もろこしの国にて、某堂、某亭、某軒、某斎など云ふと、同じ心ばへなり。さる故に昔は、商人のみならず、然るべき者も、好みてつけたりと見えて、伊勢の御師と云ふ者などにも、某屋大夫と云ふが多く有なり。そはもと風流たるを好みてつけたる物なるを、あき人の家におしなべて、某屋とはつくゆゑに、今はかへりて卑き号となりて、先祖より伝はりたるをも、いとひて、屋ノ字を、谷にかへなどすめり。

書き下し

近き世商人の家の号、おしなべて某屋と云う。それに色々のしな有り。まず酒屋米屋など云う類いは、其物を売るよしにて、こは古くも云いし事にぞ有けむ。又大和屋、河内屋、堺屋、大津屋などのたぐいは、先祖の出たる国里の名なり。又えびす屋大黒屋などは、福神と云うをもて、いわいたるなり。又松屋、藤屋、桔梗屋、菊屋、鍵屋、玉屋、海老屋、亀屋など云うたぐい、木草の名、うつわ物の名、あるは魚鳥の名などもて附けたるは、風流たるを好めるにて、これも中原の康富の記に、応永二十七年十一月七日壬申、春日祭なり、予分配たるに依りて、早朝南都に下向し、天蓋大路の亀屋に之を着く、史員職・行秀等同宿なり、と有るを見れば、そのかみもはやく有し事なり。この亀屋は、旅人やどす家にや有けむ。さて此類いの号は、もろこしの国にて、某堂、某亭、某軒、某斎など云うと、同じ心ばえなり。さる故に昔は、商人のみならず、然るべき者も、好みてつけたりと見えて、伊勢の御師と云う者などにも、某屋大夫と云うが多く有るなり。そはもと風流たるを好みてつけたる物なるを、あき人の家におしなべて、某屋とはつくゆえに、今はかえりて卑き号となりて、先祖より伝わりたるをも、いといて、屋の字を、谷にかえなどすめり。

現代語訳

近世の商人の家の屋号は、おしなべて「某屋」という。それにはいろいろの種類がある。まず酒屋・米屋などという類は、その物を売るという意味で、これは古くも言ったことであろう。また大和屋・河内屋・堺屋・大津屋などの類は、先祖の出た国や里の名である。またえびす屋・大黒屋などは、福の神ということで縁起を祝ったものである。また松屋・藤屋・桔梗屋・菊屋・鍵屋・玉屋・海老屋・亀屋などという類で、草木の名、器物の名、あるいは魚や鳥の名などで付けたものは、風流を好んだのであって、これも中原康富の日記に「応永二十七年十一月七日壬申、春日祭である。私は(祭の役を)割り当てられていたので、早朝に南都(奈良)へ下り、天蓋大路の亀屋に着いた。史の員職・行秀らが同宿である」とあるのを見ると、その当時もすでにあったことである。この亀屋は旅人を泊める家だったのであろうか。さてこの類の屋号は、中国で某堂・某亭・某軒・某斎などというのと同じ趣向である。そのため昔は商人だけでなく、しかるべき身分の者も好んで付けたと見えて、伊勢の御師という者などにも「某屋大夫」というのが多くある。それはもともと風流を好んで付けたものなのに、商人の家がおしなべて「某屋」と付けるので、今はかえって卑しい号となって、先祖から伝わっているものまで嫌って、「屋」の字を「谷」に変えたりなどするようだ。

解説

江戸の町にあふれた「某屋」という屋号を、由来ごとに分けて整理した段である。酒屋のように商う品、大和屋のように先祖の出身地、えびす屋のように福の神、松屋や亀屋のように草木や鳥獣の名と、宣長は屋号の付け方を分類し、最後の風流な名は室町時代の日記にすでに「亀屋」と見えると証を挙げる。そしてこの型は、中国の文人が書斎や住まいに「某堂」「某斎」と名づけるのと同じ趣向だという。伊勢の御師、つまり参宮の人を案内し宿を世話した神職の家にも「某屋大夫」が多いのは、それがもとは雅びな名だったからである。ところが商人がこぞって用いたために卑しい号と見なされ、「屋」を「谷」に改める家まで出てきた。宣長自身、松坂の木綿商の家に生まれた人である。名の格が使う人の多さで上下するという観察は、今の流行語や商品名にも通じる。

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