玉勝間 / 八の巻 かなぶみに朱印をおす事
假字文に、朱印と云ふ物を押すは、いと見ぐるしきわざなり。いはゆる書判は、やや古き物にも見えたり。もろこしの國にても、古くはみな花押とて、書判なり。朱印おす事は、宋の代の頃より始まれりとぞ。
新字:仮字文に、朱印と云ふ物を押すは、いと見ぐるしきわざなり。いはゆる書判は、やや古き物にも見えたり。もろこしの国にても、古くはみな花押とて、書判なり。朱印おす事は、宋の代の頃より始まれりとぞ。
書き下し
仮字文に、朱印と云う物を押すは、いと見ぐるしきわざなり。いわゆる書判は、やや古き物にも見えたり。もろこしの国にても、古くはみな花押とて、書判なり。朱印おす事は、宋の代の頃より始まれりとぞ。
現代語訳
仮名の手紙に朱印というものを押すのは、たいそう見苦しいことである。いわゆる書判(花押)は、やや古いものにも見える。中国でも、古くはみな「花押」といって書判である。朱印を押すことは、宋の時代の頃から始まったという。
解説
仮名で書いた手紙に朱の印を押す当世の風を、見苦しいと戒めた段である。江戸時代には、中国の文人の風にならって、手紙や書画に朱の印章を押すことが流行していた。宣長は、日本では古くから署名として書判、すなわち花押が用いられてきたこと、中国でも古くは花押が用いられ、朱印を押すのは宋代頃からの新しい習いにすぎないことを挙げる。やわらかな仮名の文に朱の印をいかめしく押すのは、文の趣にも合わず、漢風への追従にすぎないというのであろう。ただし、ここでの判断は宣長の美意識に基づく好みの表明でもあり、今日の目から見れば、印章もまた日本に長く根づいた文化である。何が本来で何が後からの流行かを見分けようとする姿勢は、身の回りの習慣を見直す手がかりになる。
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