玉勝間 / 八の巻 棧敷
物を見るさじきを、中昔より、棧敷と書は、ひがことなり。小右記には、狹敷と書かれたり。これは棧敷と書くよりはまされり。されど正字にはあらず。正字は、日本紀に度と有る、これなり。古事記には、佐受岐と有り。
新字:物を見るさじきを、中昔より、棧敷と書は、ひがことなり。小右記には、狭敷と書かれたり。これは棧敷と書くよりはまされり。されど正字にはあらず。正字は、日本紀に度と有る、これなり。古事記には、佐受岐と有り。
書き下し
物を見るさじきを、中昔より、桟敷と書くは、ひがことなり。小右記には、狭敷と書かれたり。これは桟敷と書くよりはまされり。されど正字にはあらず。正字は、日本紀に度と有る、これなり。古事記には、佐受岐と有り。
現代語訳
見物のための「さじき」を、中世から「桟敷」と書くのは誤りである。小右記には「狭敷」と書かれている。これは「桟敷」と書くよりはまさっている。しかし正しい字ではない。正しい字は、日本書紀に「度」とある、これである。古事記には「佐受岐(さずき)」とある。
解説
祭や行列を見物するための高い席「さじき」の表記を論じた段である。宣長は、中世以来の「桟敷」の字を誤りとし、小右記の「狭敷」のほうがまだましだが、それも正しい字ではないと言う。そして、古事記に「佐受岐(さずき)」と万葉仮名で書かれていることから、本来の語形は「さずき」で、日本書紀に当てられた字こそ正字だとする。古事記には、須佐之男命が八岐大蛇を退治する際に、垣を作り八つの門ごとに「さずき」を設けて酒の器を置かせたとあり、もとは物を載せる棚や台のようなものを言ったと考えられる。和語に後から漢字を当てるとき、字の意味と語の意味がずれることがある。宣長は、仮名で書かれた古事記の語形を手がかりに、本来の言葉の姿を探ろうとした。今当たり前に使う字の奥にも、別の古い形が隠れていることを教える段である。
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 麻閇と佐伎との差又後を佐伎と云ふ事前は、目方なり。尻方の反対にて、されば人になずらえて、物の形にも、しりえに、対えては云うべきを、同じく前の字は書けども、後に対いたるさきを、まえと云える事は無し。今の俗言に、既往をまえかたなど云い、また節供まえ盆まえなど云うたぐい、あるいは書に、まえに見えたり、また某の時よりまえなど云うたぐいなど、皆ひがことなり。己も早くはこのわきまえ無くして、さきと云うべきを、まえと物に書きたりし事ありしは、今思えば誤りなりき。これら文字は同じくて、言は異なるあるなり。字によりて誤ること無かれ。さてまた事のついでに云わむ。さきと云うは、既往の事なるに、後の事をもゆくさきと云うは、うらうえながら相通うなり。道を行くにも、過ぎ来しかたは先にして、行く末は後なるを、さきと云う。またさきだつと云う言は、時にては、既往の方に云い、道を行くには行く末の方にあるを云う。これも同じ言にて意はうらうえなるが如し。
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『玉勝間』一の巻 悠紀主基大嘗の悠紀主基の主基の事、書紀の私記に、師説に、斎忌に次ぐなりと云えるより、今に至るまで、人皆この意とのみ心得ためれど、ひがことなり。かの説は、天武紀に、斎忌、此をば踰既と云う、次、此をば須岐と云う、と有るによれるなれども、斎忌こそこの字の意なれ、次は借字にして、この字の意にはあらず。古はすべて言だに同じければ、字は、意にはかかわらず、借りて書けるに、次を須岐とも云えるから、言の同じきままに、借りて書きならえるを、そのままに書かれたる物なり。次の意にあらずと云うゆえは、悠紀と主基とは、何事も二方全く同じさまにして、一事もいささかのおとりまさりあること無ければ、次と云うべきよしさらに無し。天武紀なるは、借字なること、疑い無き物をや。主基は、禊の曾岐と同言にして、濯と云うことなり。みそぎも身灌にて、そそくとすすくと同じきを、共につづめて、曾岐とも須岐とも云えるなり。されば是れも、斎忌と同じさまの名にして、濯ぎ清めたるよしなるぞかし。
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『玉勝間』一の巻 また書紀の今の本は、もじの誤りもところどころ有り。また訓も、古言ながら、多くは今の京になりての云いざまにて、音便の詞などいと多きに、中にはまたいと古くめづらかにたふとき事もまじれるを、その訓おおくは全からず。あるいはなかば欠け、あるいはもじあやまりなど、すべてうるわしからず、しどけなきは、いといとくち惜しきわざなり。板本一つならでは世に無く、古き写し本はたいと稀なれば、これかれをくらべ見て、直すべき便りも無く、すべて今これをきよらにうるわしく、改め直さむ事は、いといとかたきわざなり。今の世の物知り人、おのれ古のこころ詞をうまらに明らめ得たりと思いがおなるも、なおひがことのみ多かれば、これ改めたらむには、中々の物ぞこないぞ多かるべき。されば今これをえり改めむとならば、文字の誤りをのみただして、訓をば、暫らくもとのままにて有らむかたぞ、まさりぬべき。
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『玉勝間』二の巻 神典のときざま中昔よりこなた、神典を説く人ども、古の意言をばたずねむ物とも思いたらず、ただひたぶるに、外国の儒仏の意にすがりて、その理をのみ思いさだして、万葉を見ず、むげに古の意言を知らざるが故に、かのから意のことわりの外に、別に古の旨ありて、明らかなることをえ知らず、これによりて古のむねはことごとくうずもれて顕れず、神の御ふみも、皆から意になりて、道明らかならざるなり、かくておのが神の御書をとく趣は、世のつねの説どもとはいたく異にして、世世の人のいまだ云わざる事どもなる故に、世の学者、とりどりにとがむる事おおし。されどそはただ、さきの人人の、ひたすら漢意にすがりて説きたる説をのみ聞きなれて、みずからも同じく、いまだからごころのくせの清く去らざるから、そのわろき事をえさとらざるものなり。おのが云うおもむきは、ことごとく古事記書紀にしるされたる、古の伝説のままなり。世の人人の云うは、皆そのまどい居る漢意に説き曲げたるわたくし事にて、いたく古の伝説と異なり。このけじめは、古事記書紀をよく見ば、おのずから分かるべき物をや。もしおのが説をとがめむとならば、まず古事記書紀をとがむべし。この御典どもを信ぜんかぎりは、おのが説をとがむる事えじ。
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『玉勝間』六の巻 八木米を八木と云うは、古きことなり。小右記の、寛仁万寿の頃のところに、八木十石、八木三十石など見えたり。
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『玉勝間』四の巻 古言清濁考の事古えことばの清濁を考うるに、今の世に云うとは、異なるぞ多かる。そは何によりて知るぞと云うに、古事記・書紀・万葉は、かな遺いいと正しくして、清濁をも分けて書きたれば、これらの書によりて知るべし。この三ともの書の中にも、古事記は殊に正しく、次に万葉、次に書紀なり。書紀は、清濁混いたるも多けれど、なべてはよく分かれたり。万葉は混いすくなし。古事記は、まがいたるはおさおさ見えず。たがえるが稀れに有るは、すべてのいと正しきをもて思えば、後に写し誤れるにこそあらめ。さてそのすみにごり、今の世に云うとは、ことなるも多きを、人皆、通わし書きたりと思い、あるは混いたるなりと思い、あるは濁る音には、清音の字をも書ける例なり、など思いおるは、くわしからざる事なり。さらにさる事にはあらず。古と今と、云う言の清濁のかわれるなり。然か云う故は、たとえば山の枕詞のあしひきの如き、今はなべてヒもじを濁りて読みならえれども、この仮字、古事記にも書紀にも出で、万葉にはことに多く見えたる、みな清音のかなをのみ用いて、濁音を用いたる事無し。
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