玉勝間 / 六の巻 八木
米を八木と云ふは、古きことなり。小右記の、寛仁萬壽の頃のところに、八木十石八木卅石など見えたり。
新字:米を八木と云ふは、古きことなり。小右記の、寛仁万寿の頃のところに、八木十石八木卅石など見えたり。
書き下し
米を八木と云うは、古きことなり。小右記の、寛仁万寿の頃のところに、八木十石、八木三十石など見えたり。
現代語訳
米を「八木」と言うのは、古いことである。小右記の寛仁・万寿のころの記事に、「八木十石」「八木三十石」などと見えている。
解説
米を八木と書く言い方が古くからあったことを、小右記の用例で示した短い一段である。八木は米の字を八と木に分けた言い換えで、商人などが使う近世の言葉と思われがちだった。しかし藤原実資の日記小右記の寛仁・万寿年間、つまり十一世紀前半の記事にすでに見える。小右記は藤原道長の時代を冷静な目で記録したことで知られる日記である。宣長は、俗な言い方と思われているものが実は古い、という例をしばしば挙げる。言葉の由緒は、それが上品か下品かではなく、いつの記録に見えるかで決まる。字を分解して言い換える遊びが、平安貴族の日記にすでにあったことも面白い。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 明明日明後日のことを、小右記に、明明日と、ところどころに見えたり。
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『玉勝間』六の巻 俵と云ふもじ俵と云う字、延喜式に見ゆ。なお先には、承和十一年十一月二日の太政官符にも見えて、類聚三代格に載れり。
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