玉勝間 / 八の巻 五石なわの釜
宇治拾遺物語に、五石なわの釜を、五ッ六ッかきもてきて、庭に枝ども打ちて、すゑわたしたり、と有り。今ノ世に、一斗ばかり入るべき鍋釜を、斗なわと云ふこと有リ、これなり。
書き下し
宇治拾遺物語に、五石なわの釜を、五つ六つかきもてきて、庭に枝ども打ちて、すえわたしたり、と有り。今の世に、一斗ばかり入るべき鍋釜を、斗なわと云うこと有り、これなり。
現代語訳
宇治拾遺物語に「五石なわの釜を五つ六つ担いで持ってきて、庭に杭などを打って、据え並べた」とある。今の世に、一斗ほど入るはずの鍋や釜を「斗なわ」と言うことがあるが、これである。
解説
釜や鍋の大きさを「〜なわ」と言う呼び方の古い例を、宇治拾遺物語から示した段である。引かれたのは、芋粥の話として知られる説話の一場面で、五位の侍に芋粥を飽きるほど食べさせようと、五石も入る大釜を五つ六つ庭に据え並べたという。芥川龍之介の「芋粥」の題材になった話である。宣長は、江戸時代に一斗入りの鍋釜を「斗なわ」と言うのが、この「五石なわ」の「なわ」と同じだと指摘する。容量を表す単位の後に「なわ」をつけて器の大きさを言う呼び方が、中世の説話にすでにあり、江戸の日常語に生き続けていたのである。宣長は、説話の話の筋ではなく、その中に紛れ込んだ暮らしの言葉に目をとめる。物語を、言葉と暮らしの資料としても読むという宣長の読み方がよく分かる段である。台所の道具の呼び名にも、古い言葉の名残があることに気づかせてくれる。
関連する章句
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