玉勝間 / 八の巻 十二ひとへ
同じ書に、皇后宮の御方へわたらせ給へれば、宮は、中こき紅梅の十二の御ぞに、同じ色の御ひとへ、くれなゐの打ちたる、もえぎの御うはぎ、えびぞめの御こうちぎ、花山吹の御から衣、からのうす物の御も、けしきばかり引かけて云云と有り。俗に十二ひとへと云ふは、此十二の御ぞに、同じ色の御ひとへ、と有る事より出たる名目にや有らむ。
書き下し
同じ書に、皇后宮の御方へわたらせ給えれば、宮は、中こき紅梅の十二の御ぞに、同じ色の御ひとえ、くれないの打ちたる、もえぎの御うわぎ、えびぞめの御こうちぎ、花山吹の御から衣、からのうす物の御も、けしきばかり引かけて云云と有り。俗に十二ひとえと云うは、此十二の御ぞに、同じ色の御ひとえ、と有る事より出たる名目にや有らむ。
現代語訳
同じ書(雲井の御法)に、「皇后宮の御方へお渡りになると、宮は、中の濃い紅梅の袿を十二枚重ねたお召し物に、同じ色の御単(ひとえ)、紅の打衣、萌黄の表着、葡萄染の小袿、花山吹の唐衣、唐の薄物の裳を形ばかり引き掛けて云々」とある。俗に「十二単(じゅうにひとえ)」と言うのは、この「十二の御衣に、同じ色の御単」とあることから出た名称であろうか。
解説
女房装束の俗称「十二単」の名の起こりを推した段である。平安以来の宮廷女性の正装は、単の上に袿を何枚も重ね、打衣、表着、唐衣、裳をまとうもので、正しくは唐衣裳装束などと呼ばれる。ここで引かれる記録では、皇后が紅梅の袿を十二枚重ね、その下に同じ色の単を着ている。宣長は、「十二の御衣に同じ色の御単」という言い方が縮まって「十二単」の名が生まれたのではないかと推す。実際には袿の枚数は時代や場面によって異なり、十二枚と決まっていたわけではない。俗称が一つの記述から生まれ、あたかも決まりごとのように広まることがある。宣長は断定せず「にや有らむ」と控えめに書くが、呼び名と実物の違いに目を向ける姿勢は確かである。今も当たり前に使う「十二単」という語を、一度立ち止まって見直させる段である。
関連する章句
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