玉勝間 / 八の巻 針のみみ
今ノ俗に、針の孔を、みみづと云ふ。童蒙抄に、はりのみみと有り。耳の意にや。
書き下し
今の俗に、針の孔を、みみずと云う。童蒙抄に、はりのみみと有り。耳の意にや。
現代語訳
今の俗語で、針の穴を「みみず」と言う。童蒙抄に「はりのみみ」とある。耳の意味であろうか。
解説
針の糸を通す穴を何と呼ぶかを考えた短い段である。宣長の頃の俗語では針の穴を「みみず」と言ったが、童蒙抄には「はりのみみ」とあり、宣長はこれを「耳」の意かと推す。今でも針の穴を「針の耳」と呼ぶことがあり、英語で針の穴を「目」と呼ぶように、道具の小さな穴を体の一部になぞらえる呼び方は広く見られる。童蒙抄は、物の名や言葉の意味を説いた古い書である。宣長は断定せず「耳の意にや」と問いの形にとどめ、俗語の「みみず」がそこから転じたものかどうかも示さない。小さな疑問をとりあえず書き留めておき、後で確かめる手がかりとする。玉勝間の短い段の多くは、そうした学者の手控えとしての性格をもっている。身近な道具の名の由来を問う姿勢は、今の私たちにもささやかな発見の楽しみをもたらしてくれる。
関連する章句
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