玉勝間 / 八の巻 せせらぎ
小き溝を、俗にせせらぎと云ふは、菅家萬葉集下卷に、もみぢ葉の流れてせけば山川の淺きせらぎも秋は深きを
新字:小き溝を、俗にせせらぎと云ふは、菅家万葉集下巻に、もみぢ葉の流れてせけば山川の浅きせらぎも秋は深きを
書き下し
小き溝を、俗にせせらぎと云うは、菅家万葉集下巻に、もみじ葉の流れてせけば山川の浅きせらぎも秋は深きを
現代語訳
小さな溝を俗に「せせらぎ」と言うのは、菅家万葉集(新撰万葉集)の下巻に「もみじ葉の流れてせけば山川の浅きせらぎも秋は深きを(紅葉の葉が流れてせき止めるので、山川の浅い瀬も、秋は深くなることよ)」とある。
解説
小川の浅い流れを言う「せせらぎ」の古い形を、菅家万葉集の歌から示した段である。菅家万葉集は、菅原道真の撰と伝えられる新撰万葉集のことで、和歌とそれを漢詩に訳したものを並べた平安時代前期の歌集である。引かれた歌は、紅葉が流れて水をせき止めるので、浅い「せらぎ」も秋には深くなると詠み、「浅し」と「深し」を掛け合わせて秋の深まりを表している。宣長は、この「せらぎ」が江戸の俗語の「せせらぎ」の元の形だと見た。段は歌を引いたところで結びもなく終わっており、書き留めかけの覚え書きのような形をとっている。玉勝間が、宣長が読書の中で気づいたことをその場で記していった手控えの性格をもつことがよく分かる。今では詩的な響きをもつ「せせらぎ」が、宣長の頃は俗語として意識されていたことも興味深い。
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 事のはじめてそのきはになるを口と云ふ事俗語に、事の始めてその際になるを、なにがし口と云うこと、ふるし。拾遺集物の名に、くち葉色の折敷、あしひきの山の木の葉のおち口は色の惜しきぞあわれなりける。
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『玉勝間』八の巻 巻頭(萩の下葉八)人はこず萩の下葉もかつ散りて嵐は寒し秋の山ざと、は文字を重ねたる、古えの歌どもを見て、ふとおかしきふしに覚えたるままに、われもいかでと詠み出たるなり。聞えてや有らむ、聞えずや有らむ。われは聞えたりと思うとも、人の見たらんには、いかが有らん、聞えずやあらむ、知らずかし。
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『玉勝間』八の巻 すそをつまげる俗言に、衣のすそをつまげると云うは、万葉集二十の巻の長歌に、御裳のすそつみあげかきなで、と有る、此つみあげのつづまれる詞なり。
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『玉勝間』十三の巻 しづり綺語抄に、「おく山のしずりのしたの袖なれや、思いの外にぬれぬと思えば、四条大納言歌枕に、木にふりたる雪の、落つるを、しずりと云うなり。
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『玉勝間』十の巻 なごり六帖に、「うつくしと見るたびごとになでしこの花のなごりは惜しくやはあらぬ。このなごりは、近き世に云うなごりの意に聞えたり。
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『玉勝間』六の巻 菅家万葉集菅家万葉集上下二巻あり。見るに、上の巻は、云うべき事も無きを、下の巻は、歌は、真字のさま、上の巻とかわれる事無ければ、同じく菅原の大臣のものし給えるならんを、詩のさまなん、上の巻とはこよなくして、更にかのおとどの御しわざとは見えず。むげに拙なくして、ただ七言四句にととのえたるのみこそ有れ、心もつづかず、ねごとなどを聞くようにて、何事ともわきまえ難く、いといとみだりがわしく、韻字と云う物をだにととのえず、さらに詩と云うべき物にもあらず。されば下の巻は、かの大臣は、歌のみを物し給いて、詩をば添え給わざりけむを、後の世の人の、上の巻にならいて、みだりにおぎないたるなるべし。さるはむげに物のこころも知らぬ、おこの者のしわざとこそ見えたれ。序も、下の巻のは、詩と同じ人の書けりと見えて、いとおさなし。
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