玉勝間 / 三の巻 福来病
日本紀略ニ云、天德三年云云、今年人民頸腫、世號福來病、と見えたり。頸のふくらかなるより、斯く云ひなせしなるべし。長元二年九月十日ごろにも、又此病世におこりき。
新字:日本紀略ニ云、天徳三年云云、今年人民頸腫、世号福来病、と見えたり。頸のふくらかなるより、斯く云ひなせしなるべし。長元二年九月十日ごろにも、又此病世におこりき。
書き下し
日本紀略に云う、天徳三年云云、今年人民頸腫る、世に福来病と号す、と見えたり。頸のふくらかなるより、かく云いなせしなるべし。長元二年九月十日ごろにも、又此病世におこりき。
現代語訳
『日本紀略』に「天徳三年云々、今年、人々の首が腫れた。世に福来病(ふくらいびょう)と呼んだ」と見える。首がふっくらと膨らむことから、このように言い表したのであろう。長元二年九月十日ごろにも、またこの病が世に流行した。
解説
平安時代に流行した「福来病」という病の記録である。首が腫れる症状から見て、今日のおたふく風邪(流行性耳下腺炎)にあたると考えられている。宣長は、首がふくらかになるから「ふくらい」と言いなしたのだろう、と病名の由来を言葉の面から推している。「福が来る」というめでたい字を当てているのは、恐ろしい疫病をあえて縁起のよい名で呼んで和らげようとしたものか、とも読める。宣長は松坂で小児科を中心に診た町医者でもあり、病の記録には医師としての関心も働いていたはずである。天徳三年(959)と長元二年(1029)の二度の流行を並べたのは、同じ病が時をおいて繰り返し現れることを示すためでもあろう。病名という言葉から、当時の人々の病への向き合い方がうかがえる。
関連する章句
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『玉勝間』四の巻 あかもがさまた布引の滝の巻に、あかもがさ出で来たる事見えて、五十三年に出で来たれば、老いたる若きと無く、おやこも分かず、一度に病みければ、おきたる人すくなくぞ有りけるとあり。この度も人多く失せたり。これは元暦元年にて、さきの万寿二年より、五十三年にあたれり。赤もがさは、今の世にはしかと云う瘡なり。
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『玉勝間』八の巻 はなたり病同じ記に、日来鼻垂の疾を患い、俄に身温まる、また鼻垂に依りて念珠せず、但し今日は温気無きなり、また鼻垂の後始めて念珠す(夜前浴す)など見えたり。風を引きたるを云うと聞ゆ。昨夜を夜前と云うことも、是れに見ゆ。
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『玉勝間』四の巻 あかもがさ日本紀略に云う、長徳四年七月、天下の衆庶疱瘡を煩う、世これを稲目瘡と号す、また赤疱瘡と号す、天下この病を免るる者無し、ただ前信濃守佐伯公行、この病を患えず、また云く、今年天下、夏より冬に至るまで、疫瘡遍く発る、六七月の間、京師の男女、死する者甚だ多し、下人は死せず、四位已下の人の妻最も甚だし、これを赤斑瘡と謂う、主上より始めて、庶人に至るまで、上下老少、この瘡を免るる無し、ただ前信濃守公行のみ患えず、と見えたり。稲目瘡と名づけたるは、蘇我の稲目の大臣の事を思いてなるべし。書紀の欽明の御巻十三年、疫気のおこりし事考うべし。また敏達の御巻に、十四年、天皇と大連と卒かに瘡を患う云々、また瘡発りて死ぬる者国に充ち盈つ、その瘡を患う者、身焼かるるが如く打たるるが如く摧かるるが如しと言いて、啼泣きて死ぬ、老少竊かに相謂いて曰く、これ仏像を焼きし罪なり、とあるも、あかもがさにや有りけん。この瘡の事、栄華物語浦々の別の巻に、今年例のもがさにはあらで、いと赤き瘡のこまかなる出で来て、老いたる若き上下わかず、これを病みののしりて、やがていたづらに成るたぐいもあるべし云々と有る。これかの長徳四年のたびの事なり。また峰の月の巻にも、ことしはあかもがさと云う物いで来て、上中下わかず病みののしるに、初めのたびやまぬ人の、このたび病むなりけり云々、これは万寿二年の事なり。はじめの度と云えるは、長徳四年にて、それより二十七年後なり。
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『玉勝間』十四の巻 裳瘡続紀に天平七年、夏より冬に至るまで、天下豌豆瘡を患う、(俗に裳瘡と曰う)夭死する者多し。これ皇国にて裳瘡のはじめか。されどここの記しざまは、はじめてとも聞こえざるが如し。また延暦九年にも、この年秋冬、京畿の男女、年三十已下の者、悉く豌豆瘡を発し、(俗に裳瘡と云う)疾に臥す者多く、その甚だしき者は死す、天下諸国、往々にして在りと見ゆ。垸の字は、豌を誤れるなるべし。この瘡の名、これより後の書には、皰瘡と云えり。皰疱同じ事なり。今の世にも、ほうそうと云う。又いもと云う。されば昔もがさと云えるは、いもがさの省きか。
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