玉勝間 / 七の巻 天竜川
遠江ノ國なる天龍川を、古へは、天の中川と云ひけるよし、同じさらしなの日記には、てんりうと云ふ川のつらに云云と有り。
新字:遠江ノ国なる天竜川を、古へは、天の中川と云ひけるよし、同じさらしなの日記には、てんりうと云ふ川のつらに云云と有り。
書き下し
遠江の国なる天竜川を、古は、天の中川と云いけるよし、同じさらしなの日記には、てんりゅうと云う川のつらに云々と有り。
現代語訳
遠江国の天竜川を、昔は「天の中川」と言ったということだが、同じ更級日記には「てんりゅうという川のほとりに」云々とある。
解説
天竜川の古い名についての短い覚え書きである。天竜川は古くは「天の中川」と呼ばれたとされるが、宣長は、平安中期の更級日記にすでに「てんりう」という名が見えることを指摘している。前の段と同じく、更級日記を地名の史料として読み、呼び名の年代を確かめているのである。地名は時代とともに変わり、古名と今の名が入れ替わる時期はなかなか分からない。旅の日記のように、その時その場所を実際に通った人の記録は、地名の変遷をたどるうえで貴重な証拠になる。宣長は玉勝間の中で、古記録の一行を手がかりに、言葉や地名の歴史を少しずつ明らかにしていく。一見些細な書き抜きも、そうした積み重ねの一つとして読むとき意味を帯びる。身近な川や山の名がいつから使われているかを知ることは、土地の歴史を知ることでもある。
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 はまなの橋さらしなの日記に云わく、浜名の橋、くだりし時は、黒木を渡したりし、この度はあとだに見えねば、舟にて渡る、入江に渡せし橋なり。との海は、いといみしく浪高くて、入江のいたずらなる洲どもに、こと物も無く松原のしげれる中より、浪の寄せかえるも、いろいろの玉のように見え、まことに松の末より、浪は越ゆるように見えて、いみしく面白し。それよりかみは、いのはなと云う坂の、えも云わぬわびしきを、のぼりぬれば、三河の国の高師の浜と云う。
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『玉勝間』六の巻 大和大路同じ記、仁治三年の所に、大和大路と見えたり。明月記にも見ゆ。すなわち今の、川東なる大和大路なるべし。
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『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事木だちなど、二三百年をも経ぬるは、いといと物ふりて見ゆるものなれば、古く見ゆるにつきても、たやすくは定めがたきわざなりかし。村の名、山川浦磯などの名に、心をつけて尋ぬべし。田どころなどのあざなと云う物などをも、よく尋ぬべし。寺の名に、古きが残れるがよく有ることなり。しかは有れどもまた、すべて名によりて、誤る事も有るわざなり。また寺々の縁起と云う物、おおかた例の法師の空ごと勝ちなれど、その中に、まれまれには取るべき事もまじれるものなれば、これはたひたぶるには捨つべきに有らず。古きあとは、中頃法師どもの、国人をあざむきて、仏どころにしなしたるが、いずれの国にも多ければ、ほとけ所をも、その心して尋ぬべし。古き寺には、古き書き物など有りて、古き事の残れる多し。むげに尋ぬべきたずき無き所も、思いかけぬところより、たしかなるしるしの出で来るようも有れば、いたらぬ限り無く、よろずに思いめぐらして、委しく尋ぬべし。かくて尋ね得たりと思うところも、なおたしかには定むべからず。世にさるべき人の定めおきつる所などは、ひがさだめなるも、ついにそこに定まりて、後のまどいとなるわざなりかし。そもそもこのくだりは、名所を尋ぬるわざのみにも有らず、万ずの考えにもわたる事どもありぬべくなむ。
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事いずれの国にても、しず山がつの云う言は、よこなまりながらも、多く昔の言を云い伝えたるを、人繁くにぎわわしき里などは、他国人も入りまじり、都の人なども、事にふれて来通いなどする程に、おのずからここかしこの詞を聞きならいては、おのれも言撰りして、なまさかしき今ように移り易くて、昔ざまに遠く、なかなかにいやしくなんなりもて行くめる。まことや同じ肥後の国の、またの人の云える、かの国にて、ひきがえると云う物を、たんがくと云うなるは、古のたにぐくの訛りなるべく覚ゆ、と語りしはまことに然かなるべし。このたぐいの事、国々になお聞ける事多かるを、今はふと思い出でたる事を云うなり、なお思い出でむままに、またも云うべし。
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『玉勝間』六の巻 大名白川顕広の王の記の、安元三年四月のところに、諸国の大名、国役に応ぜずと有り。大名と云う名、その頃も有りけん。
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『玉勝間』二の巻 水無瀨川そは類聚国史に、延暦弘仁の頃、天皇水成野に遊猟有りし事、たびたび見えて、水成村ともあり、すなわち今の水無瀬なり。然ればこの地の名によりて、後にかの川の名にも成れるなりけり。さて水成と書けるは、みなしとよむべきなり。万葉に水無川と書けるも、然よむべし。成無などは、なせとは読みがたければなり。されどかの地の名も、また川に云えるもともに、古よりみなしとも、みなせとも、通わし云えりと聞こえたり。
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