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玉勝間 / 七の巻 はまなの橋

さらしなの日記に云はく、濱名の橋、くだりし時は、黑木を渡したりし、此度はあとだに見えねば、舟にて渡る、入江に渡せし橋なり。との海は、いといみしく浪高くて、入江のいたづらなる洲どもに、こと物も無く松原のしげれる中より、浪の寄せかへるも、色色の玉のやうに見え、まことに松の末より、浪は越ゆるやうに見えて、いみしく面白し。其れよりかみは、ゐのはなと云ふ坂の、えも云はぬわびしきを、のぼりぬれば、三河ノ國の高師の濱と云ふ。

新字:さらしなの日記に云はく、浜名の橋、くだりし時は、黒木を渡したりし、此度はあとだに見えねば、舟にて渡る、入江に渡せし橋なり。との海は、いといみしく浪高くて、入江のいたづらなる洲どもに、こと物も無く松原のしげれる中より、浪の寄せかへるも、色色の玉のやうに見え、まことに松の末より、浪は越ゆるやうに見えて、いみしく面白し。其れよりかみは、ゐのはなと云ふ坂の、えも云はぬわびしきを、のぼりぬれば、三河ノ国の高師の浜と云ふ。

書き下し

さらしなの日記に云わく、浜名の橋、くだりし時は、黒木を渡したりし、この度はあとだに見えねば、舟にて渡る、入江に渡せし橋なり。との海は、いといみしく浪高くて、入江のいたずらなる洲どもに、こと物も無く松原のしげれる中より、浪の寄せかえるも、いろいろの玉のように見え、まことに松の末より、浪は越ゆるように見えて、いみしく面白し。それよりかみは、いのはなと云う坂の、えも云わぬわびしきを、のぼりぬれば、三河の国の高師の浜と云う。

現代語訳

更級日記に次のようにある。「浜名の橋は、(東国へ)下ったときには皮のついたままの丸木を渡してあったが、今度は跡さえ見えないので、舟で渡る。入江に渡した橋である。外海はたいそうひどく波が高くて、入江の何もない洲に、ほかの物もなく松原が茂っている中から、波が寄せては返すのも、色とりどりの玉のように見え、本当に松の梢から波が越えていくように見えて、たいそう趣深い。そこから先は、猪鼻(いのはな)という坂の、言いようもなくつらいのを登ると、三河国の高師の浜という所である」。

解説

更級日記から浜名の橋のくだりを書き抜いた段である。菅原孝標の娘は少女の頃、父の任地上総へ下る途中に浜名の橋を渡った。その後、京へ上る旅で再び通ると、橋は跡形もなく、舟で渡るほかなかった。外海の荒波が松原越しに玉を散らすように見える景色、猪鼻坂の難儀、高師の浜への道筋が、平安の女性の目で生き生きと描かれている。浜名の橋は古歌に多く詠まれた歌枕だが、宣長はここで、平安中期にはすでに橋が失われていたことを確かめるために、日記の具体的な記述を示したのであろう。歌枕として名が残っていても、実物は早くに消えていることがある。名所の言葉と実際の景色の移り変わりを、旅の記録で確かめる。紀行文を地理と歴史の史料として読む宣長の読み方が表れている。

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