玉勝間 / 七の巻 さはぼくり
土佐ノ國にては、澤木履と云ふ物有て、深き田におりたつには、おちいるまじきために、はくなりと、かの國人かたりき。
新字:土佐ノ国にては、沢木履と云ふ物有て、深き田におりたつには、おちいるまじきために、はくなりと、かの国人かたりき。
書き下し
土佐の国にては、沢木履と云う物有りて、深き田におりたつには、おちいるまじきために、はくなりと、かの国人かたりき。
現代語訳
土佐国には「さわぼくり(沢木履)」という物があって、深い田に下り立つときに、足が沈み込まないようにするために履くのだと、その国の人が語った。
解説
土佐の人から聞いた農具「さはぼくり」を書き留めた短い段である。深い泥田に入るとき足が沈まないように履く木の履物で、今でいう田下駄の類にあたる。田下駄は弥生時代の遺跡からも出土する古い道具で、地域ごとにさまざまな呼び名があった。宣長がこれを記したのは、道具そのものより、その名に関心があったからであろう。「ぼくり」は木履(ぼくり)、つまり木の履物を指す古い言葉で、都では忘れられかけた語が地方の農具の名として生きている。宣長は遠国から訪ねてくる人に、必ずその土地の言葉を尋ねたと別の段で述べている。この段から土佐・豊後・肥前など各地の人から聞いた短い話が続き、玉勝間が学者の書斎の外の世界にも開かれていたことを示している。日々の労働の道具の名にも、言葉の歴史が息づいている。
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事すべて田舎には、古の言の残れること多し、殊に遠き国人の云う言の中には、面白き事どもぞまじれる。おのれ年頃心をつけて、遠き国人の、とぶらい来たるには、必ずその国の詞を問い聞きもし、その人の云う言をも、心とどめて聞きもするを、なお国々の詞どもを、あまねく聞きあつめなば、いかに面白きこと多からん。近き頃、肥後の国人のきたるが、云うことを聞けば、世に見える聞えるなど云うたぐいを、見ゆる聞こゆるなどぞ云うなる。こは今の世には絶えて聞こえぬ、雅びたることばづかいなるを、その国にてはなべてかく云うにやと問いければ、ひたぶるの賤山がつは皆、見ゆる、きこゆる、さゆる、たゆる、などように云うを、少し言葉をもつくろう程の者は、多くは見える、聞える、とように云うなり、とぞ語りける。そはなかなか今の世の俗き云いざまなるを、なべて国々の人の云うから、そを善き事と心得たるなんめり。
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事いずれの国にても、しず山がつの云う言は、よこなまりながらも、多く昔の言を云い伝えたるを、人繁くにぎわわしき里などは、他国人も入りまじり、都の人なども、事にふれて来通いなどする程に、おのずからここかしこの詞を聞きならいては、おのれも言撰りして、なまさかしき今ように移り易くて、昔ざまに遠く、なかなかにいやしくなんなりもて行くめる。まことや同じ肥後の国の、またの人の云える、かの国にて、ひきがえると云う物を、たんがくと云うなるは、古のたにぐくの訛りなるべく覚ゆ、と語りしはまことに然かなるべし。このたぐいの事、国々になお聞ける事多かるを、今はふと思い出でたる事を云うなり、なお思い出でむままに、またも云うべし。
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『玉勝間』七の巻 くぐつくぐつも有り、くくと云う、縄して組みて、小道具など入るる物なりと語りき。
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『玉勝間』七の巻 土佐国に火葬無し土佐国には、火葬と云うわざ無し。然る故に、かの国人は、他国の、火葬にすることを語れば、あやしきわざに思えりとぞ。これもかの国人の語りけるに、そは近き世のさだめかと問いしに、古より然りとぞ云える。
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『玉勝間』十三の巻 ふくさと云ふ事田中の道麻呂が云えるは、近江美濃尾張などにて、物のやわらかなる事を、ふくさと云う。又衣を洗いて、いまだ糊をつけざるを、ふくさめ物と云い、洗いて糊をつけずて置くを、ふくさめておくと云う。又物の多き事をも、ふくさなると云うと云えり。
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『玉勝間』十三の巻 しちすつの濁音の事土佐の国の人の言には、しとちと、すとつとのにごり声、おのずからよく分かれて、混うる事無し。さればわずかにいろはもじを書く程の童といえども、この仮字をば、書き誤ること無し、とかの国人かたれり。
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