玉勝間 / 七の巻 土佐国に火葬無し
土佐國には、火葬と云ふわざ無し。然る故に、かの國人は、他國の、火葬にすることを語れば、あやしきわざに思へりとぞ。これもかの國人の語りけるに、そは近き世のさだめかと問ひしに、古へより然りとぞ云へる。
新字:土佐国には、火葬と云ふわざ無し。然る故に、かの国人は、他国の、火葬にすることを語れば、あやしきわざに思へりとぞ。これもかの国人の語りけるに、そは近き世のさだめかと問ひしに、古へより然りとぞ云へる。
書き下し
土佐国には、火葬と云うわざ無し。然る故に、かの国人は、他国の、火葬にすることを語れば、あやしきわざに思えりとぞ。これもかの国人の語りけるに、そは近き世のさだめかと問いしに、古より然りとぞ云える。
現代語訳
土佐国には火葬ということをしない。そのため、その国の人は、他国で火葬にすることを話すと、奇妙なことだと思っているという。これもその国の人が語ったことで、それは近い世の定めかと尋ねたところ、昔からそうなのだと言った。
解説
土佐国には火葬の習いがないという聞き書きである。宣長はわざわざ、それが近年の定めによるものか、昔からのことかを尋ね、昔からだという答えを得ている。この問い方に考証家の目がある。習俗が古くからのものか、新しい法令によるものかで、その意味はまったく違うからである。日本の火葬は仏教とともに広まり、文武天皇の時代の僧道昭の火葬が最初と伝えられる。江戸時代には土葬が一般的な地域も多かった。宣長は仏教の影響の及び方を地方ごとに確かめる材料として、この話を書き留めたのであろう。宣長自身、遺言書で墓の造り方を細かく指示し、山室山に墓を定めたことで知られる。葬送のあり方は、地域の歴史と信仰を映す鏡である。一つの習俗を聞いたら、その古さを問うという姿勢が、短い記録にも表れている。
関連する章句
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