玉勝間 / 七の巻 伊勢ノ大御神の仏をきらひ給ふ事
台記に、天養二年三月七日、左馬權頭顯定來云、左大將(雅定)伊勢勅使精進之間、雖渡他所、衣裳雜具等、猶在中院第、仍佛經等、不置家中、而間中院寢殿、有煙、(件煙見屋上、)隣里驚、存放火由、驚放天井見之、有繪像佛五躰、色旗等、出件物於門外之後、煙散盡。
新字:台記に、天養二年三月七日、左馬権頭顕定来云、左大将(雅定)伊勢勅使精進之間、雖渡他所、衣裳雑具等、猶在中院第、仍仏経等、不置家中、而間中院寝殿、有煙、(件煙見屋上、)隣里驚、存放火由、驚放天井見之、有絵像仏五体、色旗等、出件物於門外之後、煙散尽。
書き下し
台記に、天養二年三月七日、左馬権頭顕定来たりて云う、左大将(雅定)伊勢勅使の精進の間、他所に渡ると雖も、衣裳雑具等、なお中院の第に在り、仍りて仏経等、家中に置かず、而る間中院の寝殿に、煙有り、(件の煙屋上に見ゆ、)隣里驚きて、放火の由を存じ、驚きて天井を放ちて之を見るに、絵像の仏五躰、色旗等有り、件の物を門外に出だすの後、煙散じ尽く。
現代語訳
台記(藤原頼長の日記)に、次のようにある。天養二年三月七日、左馬権頭の顕定が来て言うには、「左大将(源雅定)が伊勢への勅使として精進潔斎している間、よそに移ってはいたが、衣装や雑具などはまだ中院の邸にあった。そこで仏像や経典などは家の中に置かないようにしていた。ところがその間に、中院の寝殿に煙が立った(その煙は屋根の上に見えた)。近所の人々が驚いて、放火だと思い、驚いて天井を外して見ると、絵に描いた仏が五体と、色とりどりの幡などがあった。それらの物を門の外に出した後、煙はすっかり消えた」という。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 伊勢大神宮司仏事を行ひて見任を解れし事同じ書に、弘仁七年六月丙辰、伊勢大神宮司従七位下大中臣朝臣〓持、穢を犯し并びに仏事を行う有り、神祇官これをトするに、祟り有り、大祓を科し、見任を解く、と見えたり。
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