玉勝間 / 八の巻 伊勢勅使のとも人の数
同書に、仁安三年十二月廿一日、伊勢大神宮炎上によりて、同月勅使、左大辨雅賴卿發遣、その人數は、勅使大辨子息一人、從十一人、前駈六人、(從各五人)侍五人、(從各十人)雜色六人、(從各二人)舍人四人、人夫卅人、右大史三善章貞、從廿人、史生盛久、同兼康、從各廿人、馬各五疋、官掌賴兼、(同前)辨侍二人、從各五人、馬各二疋、使部十人、從各一人と見えたり。
新字:同書に、仁安三年十二月廿一日、伊勢大神宮炎上によりて、同月勅使、左大弁雅頼卿発遣、その人数は、勅使大弁子息一人、従十一人、前駈六人、(従各五人)侍五人、(従各十人)雑色六人、(従各二人)舎人四人、人夫卅人、右大史三善章貞、従廿人、史生盛久、同兼康、従各廿人、馬各五疋、官掌頼兼、(同前)弁侍二人、従各五人、馬各二疋、使部十人、従各一人と見えたり。
書き下し
同じ書に、仁安三年十二月二十一日、伊勢大神宮炎上によりて、同じ月勅使、左大弁雅頼卿発遣、その人数は、勅使大弁子息一人、従十一人、前駈六人(従各五人)、侍五人(従各十人)、雑色六人(従各二人)、舎人四人、人夫三十人、右大史三善章貞、従二十人、史生盛久、同兼康、従各二十人、馬各五疋、官掌頼兼(同前)、弁侍二人、従各五人、馬各二疋、使部十人、従各一人と見えたり。
現代語訳
同じ書(兵範記)に、仁安三年十二月二十一日、伊勢大神宮が炎上したことにより、同じ月に勅使として左大弁源雅頼卿が遣わされた。その人数は、勅使の大弁と子息一人、従者十一人、前駆六人(従者各五人)、侍五人(従者各十人)、雑色六人(従者各二人)、舎人四人、人夫三十人、右大史三善章貞と従者二十人、史生盛久・同じく兼康、従者各二十人、馬各五匹、官掌頼兼(同前)、弁の侍二人、従者各五人、馬各二匹、使部十人、従者各一人と見える。
解説
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 伊勢ノ大御神の仏をきらひ給ふ事台記に、天養二年三月七日、左馬権頭顕定来たりて云う、左大将(雅定)伊勢勅使の精進の間、他所に渡ると雖も、衣裳雑具等、なお中院の第に在り、仍りて仏経等、家中に置かず、而る間中院の寝殿に、煙有り、(件の煙屋上に見ゆ、)隣里驚きて、放火の由を存じ、驚きて天井を放ちて之を見るに、絵像の仏五躰、色旗等有り、件の物を門外に出だすの後、煙散じ尽く。
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