玉勝間 / 七の巻 新猿楽記諸国の土産
藤原ノ明衡の新猿樂記にいはく、集諸國土產貯甚豐也。所謂阿波絹、越前綿、美濃八丈、(又柿、)常陸綾、紀伊國緣、甲斐斑布、石見紬、但馬紙、淡路墨、和泉櫛、播磨針、備中刀、伊豫手宮、(又砥、又鰯、又簾、)出雲筵、讃岐圓座、上總鞦、武藏鐙、能登釜、河内鍋、(又味噌)安藝樽、備後鐵、長門牛、陸奧駒(又檀紙、又漆、)信濃梨子、(又木賊)丹波栗、尾張耜、近江鮒、(又餅、)若狭椎子、(又餅、)越後鮭、(又漆、)備前海糠、周防鯖、伊勢劑、隱岐蚫、山城茄子、大和〓、丹後和布、飛驒餅、鎭西米等、と見えたり。
新字:藤原ノ明衡の新猿楽記にいはく、集諸国土産貯甚豊也。所謂阿波絹、越前綿、美濃八丈、(又柿、)常陸綾、紀伊国縁、甲斐斑布、石見紬、但馬紙、淡路墨、和泉櫛、播磨針、備中刀、伊予手宮、(又砥、又鰯、又簾、)出雲筵、讃岐円座、上総鞦、武蔵鐙、能登釜、河内鍋、(又味噌)安芸樽、備後鉄、長門牛、陸奥駒(又檀紙、又漆、)信濃梨子、(又木賊)丹波栗、尾張耜、近江鮒、(又餅、)若狭椎子、(又餅、)越後鮭、(又漆、)備前海糠、周防鯖、伊勢剤、隠岐蚫、山城茄子、大和〓、丹後和布、飛驒餅、鎮西米等、と見えたり。
書き下し
藤原の明衡の新猿楽記に曰く、諸国の土産を集めて貯うること甚だ豊かなり。いわゆる阿波の絹、越前の綿、美濃の八丈、(また柿、)常陸の綾、紀伊国の縁、甲斐の斑布、石見の紬、但馬の紙、淡路の墨、和泉の櫛、播磨の針、備中の刀、伊予の手宮、(また砥、また鰯、また簾、)出雲の筵、讃岐の円座、上総の鞦、武蔵の鐙、能登の釜、河内の鍋、(また味噌)安芸の樽、備後の鉄、長門の牛、陸奥の駒(また檀紙、また漆、)信濃の梨子、(また木賊)丹波の栗、尾張の耜、近江の鮒、(また餅、)若狭の椎子、(また餅、)越後の鮭、(また漆、)備前の海糠、周防の鯖、伊勢の劑、隠岐の蚫、山城の茄子、大和の〓、丹後の和布、飛騨の餅、鎮西の米等、と見えたり。
現代語訳
藤原明衡の新猿楽記に次のようにある。「諸国の名産を集めて、蓄えはたいそう豊かである。いわゆる阿波の絹、越前の綿、美濃の八丈絹(また柿)、常陸の綾、紀伊国の縁(へり)、甲斐の斑布(まだらぬの)、石見の紬、但馬の紙、淡路の墨、和泉の櫛、播磨の針、備中の刀、伊予の手箱(また砥石、また鰯、また簾)、出雲の筵、讃岐の円座(わろうだ)、上総の鞦(しりがい)、武蔵の鐙、能登の釜、河内の鍋(また味噌)、安芸の樽、備後の鉄、長門の牛、陸奥の馬(また檀紙、また漆)、信濃の梨(また木賊)、丹波の栗、尾張の耜(すき)、近江の鮒(また餅)、若狭の椎の実(また餅)、越後の鮭(また漆)、備前の海糠(あみ)、周防の鯖、伊勢の劑、隠岐の鮑、山城の茄子、大和の〓、丹後の若布、飛騨の餅、鎮西(九州)の米など」と見える。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十四の巻 伊勢国いわゆる呉服物、小間物のたぐい、松坂は善き品を用いて、山田津などとはこよなく代物よし。されば商人の、京よりしいるるも、松坂は殊に物よく上々の品なり。京のあき人常に来かようなり。時々のはやり物も、おり過ごさず、諸芸は所がらにあわせては、善きことも有らず。もろもろの細工いと上手なり。あきないごとにぎわわし。芝居、見せ物、神社、仏閣すべてにぎわわし。すべてこの国は、他国の人多く入りこむ国なる故に、善からぬ物もおおく、盗なども多し。松坂は、魚類野菜などすべて豊かなり。されど魚には、鯉鮒すくなく、野菜には、くわい蓮根など少なし。松坂のあかぬ事は、町筋の正しからずしどけなきと、船の通わぬとなり。
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『玉勝間』八の巻 姫君おほい君中の君と云ふ事いにしえ公卿などのむすめたちのついでを云う事、一の姉なるを、姫君とも、大君とも云い、二を中の君と云い、三より下は、つぎつぎに三の君四の君など云えり。二人にても、いくたりにても、二なるをば、中の君と云い、わきて姫君とは、一なるをぞ云いける。物語などに云えるよう、皆かくの如し。新猿楽記と云う書にも、右衛門督なる人の、十六人の女の事を云えるに、大君中の君三の君四の御許五の君六の君七の御許など云えり。此書は、藤原の明衡作れり。その頃までも、斯くぞ云えりけむ。
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『玉勝間』一の巻 古書どもの事古きふみどもの、世にたえてつたわらぬは、万よりもくち惜しく歎かわしきわざなり。釈日本紀、仙覚が万葉の抄などを見るに、そのほどまでは、国々の風土記も大かたそなわりて、伝われりと見えたり。釈に引きたる上宮記と云う物は、いささかばかりなれど、そのさま古事記よりも、今一きわふるく見えたるは、まことに上宮わたりの物にや有りけむ。また風土記は、いとたふとき物なるに、今はただ出雲一国ののみ、またくては残りて、ほかはみな絶えぬるは、かえすがえすもくち惜し。さるは応仁よりこなた、打ち続きたるみやこの乱れに、ふるき書どもも、みな焼けうせ、あるいは散りぼい失せぬるなるべし。そも今の世のごと、国々にも学問するともがら多く、書どもようじ持たる者おおからましかば、むげに絶えはつる事はあらじを、そのかみはいまだいなかには、学問するともがらもいといと稀れにして、京ならでは、おさおさ書どもも、無かりしが故なめり。されどから国のふるき書どもはしも、これかれといなかにも残れるが有るは、むねとからを好むよのならいなるが故なり。
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『玉勝間』十一の巻 楽の道の書どもの名妙音院の相国の三五要略、北の院の御室御撰の糸管鈔、孝道の残夜抄、孝時の三五中録、宜陽殿の竹譜(大田丸撰)、貞保の親王の南竹譜、博雅の卿の長竹譜、大神の惟季の懐中譜、狛の光真〓老尼語、狛の近真教訓抄、狛の朝葛の続教訓抄、豊原兼秋の息毎譜、同じく作る豊兼抄、同じく十三帖譜、祖父幸秋の新鳳秘録、と同書の奥書にしるせり。
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『玉勝間』九の巻 能と云ふ楽西宮記相撲の条に、相撲了りて能優一番と有り。能優は、猿楽のたぐいと聞こえたり。近き世に、能と云う名はこれなるべし。この能の字は、音態なるべきに、ノウと云うは、昔より誤れるにや。
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