玉勝間 / 六の巻 俵と云ふもじ
俵と云ふ字、延喜式に見ゆ。猶さきには、承和十一年十一月二日の太政官符にも見えて、類聚三代格に載れり。
書き下し
俵と云う字、延喜式に見ゆ。なお先には、承和十一年十一月二日の太政官符にも見えて、類聚三代格に載れり。
現代語訳
「俵」という字は延喜式に見える。さらにそれより前には、承和十一年十一月二日の太政官符にも見えて、類聚三代格に載っている。
解説
「俵」という字の古い用例を記した短い一段である。俵は米などを詰める藁の袋で、この字で「たわら」を表すのは日本独自の用い方である。宣長は、延喜式に見えるだけでなく、さらに古く承和十一年(844)の太政官符にもあり、それが類聚三代格に載っていると記す。類聚三代格は、平安時代の格、つまり律令を補う法令を内容ごとに分類して集めた法令集である。字がいつから使われているかを、確実な年紀のある文書で押さえるのは、言葉の歴史を考えるうえでの基本である。暮らしの道具の名を表す字にも、法令の中に最初の足跡を残した時がある。宣長はそれを、ほんの一行で書き留めている。
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