玉勝間 / 六の巻 鳥無き里のかはほり
和泉式部家集に、「人も無く鳥も無からん島にては此かはほりも君もたづねむ。「うらさびて鳥だに見えぬ島なればこのかはほりぞうれしかりける。鳥無き里の蝙蝠と云ふたとひ言、そのかみより有けるにこそ。
書き下し
和泉式部家集に、「人も無く鳥も無からん島にてはこのかわほりも君もたずねむ。「うらさびて鳥だに見えぬ島なればこのかわほりぞうれしかりける。鳥無き里の蝙蝠と云うたとい言、そのかみより有りけるにこそ。
現代語訳
和泉式部の家集に「人もなく鳥もいないような島では、この蝙蝠(かわほり)もあなたを訪ねてゆくだろう」、「うら寂しくて鳥さえ見えない島なので、この蝙蝠がうれしいことだ」とある。「鳥なき里の蝙蝠」というたとえの言葉は、そのころからあったのだろう。
解説
「鳥なき里の蝙蝠」という諺が平安時代にすでにあったことを、和泉式部の家集の贈答歌で示した一段である。この諺は、優れた者のいない所では、つまらない者が幅をきかせることのたとえとして知られる。和泉式部の歌では、鳥もいない島ではこの蝙蝠が訪ねてゆく、鳥さえ見えない島だから蝙蝠がうれしい、と言い交わしている。かわほりには蝙蝠扇、つまり扇の意も掛けられていると考えられ、扇を贈った折のやりとりだろう。宣長は、世に通用している諺の古さを、確かな用例で押さえた。諺はたいてい出どころが分からないまま使われている。その一つ一つに、最初に口にした人の場面があったことを、古い歌が教えてくれる。
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