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玉勝間 / 六の巻 鶏ときをつくる

庭鳥の曉に鳴くを、時をつくると云ふ事、同百首に、「曉の時つくるなり鶏のこゑうちかはし羽をならべて、これは告るにても有らんかと思へど、猶今の世にも云ふ如く、つくるなるべし。又時の聲をつくると云ふことも、同後〓百首に、「から人はしかのをしまに船出してはかたの沖にときつくるなり。

新字:庭鳥の暁に鳴くを、時をつくると云ふ事、同百首に、「暁の時つくるなり鶏のこゑうちかはし羽をならべて、これは告るにても有らんかと思へど、猶今の世にも云ふ如く、つくるなるべし。又時の声をつくると云ふことも、同後〓百首に、「から人はしかのをしまに船出してはかたの沖にときつくるなり。

書き下し

庭鳥の暁に鳴くを、時をつくると云う事、同じ百首に、「暁の時つくるなり鶏のこえうちかわし羽をならべて、これは告ぐるにても有らんかと思えど、なお今の世にも云うごとく、つくるなるべし。また時の声をつくると云うことも、同じ後〓百首に、「から人はしかのおしまに船出してはかたの沖にときつくるなり。

現代語訳

鶏が明け方に鳴くのを「時をつくる」ということは、同じ百首に「暁の時をつくっている、鶏が声を交わし合い、羽を並べて」とあり、これは「告ぐる」であろうかとも思うが、やはり今の世でも言うように「つくる」なのであろう。また「鬨の声をつくる」ということも、同じく後〓百首に「唐人は志賀の小島に船出して、博多の沖で鬨の声をあげているようだ」とある。

解説

鶏が夜明けに鳴くことを「時をつくる」と言い、戦で「鬨をつくる」と言う、その「つくる」の古い用例を百首歌から拾った一段である。「ときつくる」は「時告ぐる」ではないかとも考えたが、今も「つくる」と言うのだからやはり「つくる」だろう、と宣長は判断する。後の百首には、唐人が博多の沖で鬨の声をあげるという歌も引く。時を知らせる鶏の声と、合戦の鬨の声とが、同じ「つくる」で言われていることに気づかせる。宣長は、疑わしい読みを今の言葉の用法と照らし合わせて確かめている。話し言葉は古語を映す鏡にもなる。身近な言い回しの背後に、古い歌の用例が連なっていることを示した段である。

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