玉勝間 / 六の巻 木にはなれたる猿
赤染衞門集に、「たよりなき旅とは我ぞ思ひつる木をはなれたるさるも鳴ッなり。
新字:赤染衛門集に、「たよりなき旅とは我ぞ思ひつる木をはなれたるさるも鳴ッなり。
書き下し
赤染衛門集に、「たよりなき旅とは我ぞ思いつる木をはなれたるさるも鳴くなり。
現代語訳
赤染衛門集に「頼るものもない心細い旅だと私は思っていたが、木を離れた猿も鳴いていることだ」という歌がある。
解説
赤染衛門の家集から、木を離れた猿を詠んだ一首だけを書き留めた、玉勝間でも最も短い部類の一段である。木を離れた猿は、よりどころを失った者の姿として読める。宣長は題に「木にはなれたる猿」と掲げ、この言い回しが平安中期の女流歌人の歌にすでに見えることを示したかったのだろう。旅の心細さを、木を離れて鳴く猿に重ねた歌の心は、今の読者にも分かりやすい。赤染衛門は大江匡衡の妻で、藤原道長の妻倫子に仕えた歌人である。宣長は、世に流布する言い回しの古い用例を歌集の中から拾い集めることを、手控えとして重ねていた。慣用の言い回しにも、それを最初に形にした誰かの実感がある。
関連する章句
-
『玉勝間』六の巻 人を仁と云ふ事人を仁と云うは、近き世の俗言のようなれど、文粋の、大江の匡衡の文に、臣謬りてその仁に当たり、聊か盛事を記す、と見えたり。
-
『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つ初めのくだり、男のきたりける云云、男の、のの文字ひがことなり。真名本に無きぞ宜しき。男のとては、云云して歌を書きてやる事、女のしわざになるなり。月やあらぬちょう歌の条、ほいにはあらで、この詞聞えず。真字本に、穂にはと有るも、心ゆかず。穂には出でずなどこそ云え、ほにはあらでなどは、聞きつかぬ心地す、猶もじの誤りなどにや。うつの山のところ、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかえではしげりて云云、かえではのはは、てにおはなり。上の道はのはと重ねて、こうように云う、一つの格なり。「秋はきぬ紅葉はやどに降りしきぬ道ふみ分けてとう人は無し、など、三つも重ねて云える、この類多し。真名本に葉と書けるによりて、然か心得ては、いとつたなき文になるなり。「君がためたおれる枝は云云。この歌は、君にわが心ざしの深きにかないて、春ながらも、秋のごとく色ふかく染めたり、と云う意なるべし。注どもに、秋と云う言になずみて、女の心のうつろう事に心得たるはいかが。さてはかえしの歌めずらしげ無し。又女の心を疑うべきよしも、上の詞に見えず。「いでていなば心かろしと云云。
-
『玉勝間』六の巻 鳥無き里のかはほり和泉式部家集に、「人も無く鳥も無からん島にてはこのかわほりも君もたずねむ。「うらさびて鳥だに見えぬ島なればこのかわほりぞうれしかりける。鳥無き里の蝙蝠と云うたとい言、そのかみより有りけるにこそ。
-
『玉勝間』十の巻 長嘯子の歌挙白集に、見も知らぬ人の、柴の戸をさしのぞきて、心あるかなと、ほのかに云えりければ、「あわれしる我身ならねど山里にすめば心のありげなるかな。
-
『玉勝間』十の巻 さらしなのにきに見えたることさらしなの日記にいわく。二むらの山の中に、とまりたる夜、大きなる柿の木の下に、いおを造りたれば、夜一と夜いおの上に、柿のおちかかりたるを、人々拾いなどすと云えり。これは菅原の孝標と云いける人の女の書ける物にて、さしも遠き世の事にも有らぬを、そのかみなお旅のやどりは、かかる事も有りけるを思えばつねに歌に詠むなる草の枕も、あがれりし世には、まことにさる事にぞ有りけむかし。
-
『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つ女はを、嫗はおの仮字にて、分かるるなり。又つけると云う詞もいかが。真名本に、世営と書けり。よこころあると訓むべし。色好む心の有る老女なり。あいえてしも、同じ本に、あい見てしと有るよろし。その次の詞も、かの本よろし。出でたつけしきは、男のなさけ有りて、嫗のがりゆかむと思いて、出でたつなり。いずくなりけん、けんと云う詞いかが。いずくなるらんと、など有るべきにや。もし又けんをたすけて云わば、物語の地の詞として、いずくにての事なりけんと見るべし。昔男いせの国なりける女云云、真字本に、女をと有るよろし。むかしそこには云云、真字本に、昔男と有り。むかし男、いせの国にいていきて云云、こは本は、いせの国なる女に、京にいていきて云云、と有りしが、二文字の重なれるによりて、京にと云う事の、後に落ちたるなり。次なる歌ども、必ず伊勢なる女とこそ聞えたれ。「いわまより云云、この歌の四の句、解き得たる人無し。しおいしおみちは、とまれかくまれと云う意なるを、海の詞にて云えるのみなり。今はともかくもあれ、末ついにはかい有りて、逢う事も有らんと云えるなり。きょうの御わざを題にての、きょうのは、その日のと有るべき言なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る