玉勝間 / 一の巻 から国の官神事と喪事とをかね行ふ事
周禮と云ふから書を見れば、大祝小祝の官、もろもろの神祇祭祠の事をあづかり掌り、又喪事をもあづかり掌るよし云へり。生たると死たると、淨きと穢きとのわき無くして、皇國のこころより見れば、いともいとも穢らはしき國俗なりけり。
新字:周礼と云ふから書を見れば、大祝小祝の官、もろもろの神祇祭祠の事をあづかり掌り、又喪事をもあづかり掌るよし云へり。生たると死たると、浄きと穢きとのわき無くして、皇国のこころより見れば、いともいとも穢らはしき国俗なりけり。
書き下し
周礼と云うから書を見れば、大祝・小祝の官、もろもろの神祇祭祀の事をあづかり掌り、また喪事をもあづかり掌るよし云えり。生きたると死にたると、浄きと穢きとのわき無くして、皇国のこころより見れば、いともいとも穢らわしき国俗なりけり。
現代語訳
『周礼』という中国の書を見ると、大祝・小祝の官が、さまざまな天神地祇の祭祀のことを担当し、また喪のことも担当すると書いてある。生きている者と死んだ者、浄いものと穢れたものとの区別がなく、わが国の心から見れば、たいへん穢らわしい国の習俗である。
解説
中国の制度書『周礼』に、神々の祭祀を司る大祝・小祝の官が、葬儀の事も兼ねて司るとあるのを見て、宣長が驚きを記した段である。日本の神道では、死は最も強いけがれで、神事と喪事は厳しく分けられる。前の段で見た除服の禊も、喪のけがれを祓って日常と神事の場に戻るための儀礼だった。その目から見れば、神を祀る者が喪も扱うのは、浄と穢の区別のない習俗に映る。「穢らわしき国俗」という強い言い方には時代の偏りがあり、中国には中国の祖先祭祀の体系があることは断っておきたい。ただ、何を清浄とし何をけがれとするかは文化によって大きく異なり、その違いが宗教の形を決めるという観察として読むことができる。
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