玉勝間 / 六の巻 吉備ノ大臣の名
吉備ノ大臣の名は、眞吉備にて、然かしるしたる書共も有るを、續紀などに、眞備とあるは、もろこしの國にて、吉ノ字をはぶきて書キ給ひしを、歸り參り給ひて後も、猶そのままに物には書キ給へりしなるべし。それも私しには有るべからず、あだし國人にあひ給はむ時などのために、おほやけにも申ッてなるべし。すべてもろこしに渡り、或るは韓國の客にあふ時など、名を、文字をかへなどもして、からめきて書きたりし例、多く有しなり。
新字:吉備ノ大臣の名は、真吉備にて、然かしるしたる書共も有るを、続紀などに、真備とあるは、もろこしの国にて、吉ノ字をはぶきて書キ給ひしを、帰り参り給ひて後も、猶そのままに物には書キ給へりしなるべし。それも私しには有るべからず、あだし国人にあひ給はむ時などのために、おほやけにも申ッてなるべし。すべてもろこしに渡り、或るは韓国の客にあふ時など、名を、文字をかへなどもして、からめきて書きたりし例、多く有しなり。
書き下し
吉備の大臣の名は、真吉備にて、しかしるしたる書ども有るを、続紀などに、真備とあるは、もろこしの国にて、吉の字をはぶきて書き給いしを、帰り参り給いて後も、なおそのままに物には書き給えりしなるべし。それも私しには有るべからず、あだし国人にあい給わむ時などのために、おおやけにも申してなるべし。すべてもろこしに渡り、或るは韓国の客にあう時など、名を、文字をかえなどもして、からめきて書きたりし例、多く有りしなり。
現代語訳
吉備大臣の名は真吉備であって、そう記している書物もあるのに、続日本紀などに「真備」とあるのは、唐の国で「吉」の字を省いてお書きになったのを、帰国なさってからもなおそのまま文書にはお書きになったのであろう。それも私的なことではあるまい。外国の人にお会いになるときなどのために、朝廷にも申し上げてのことであろう。およそ唐に渡ったり、あるいは朝鮮の国の客に会うときなどに、名の文字を変えたりもして、唐風に書いた例は多くあったのである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 又吉備ノ大臣の名政事要略に、貞観格を出して曰わく。右太政官の去る天平神護二年九月十五日の格を検ずるに、大納言正三位吉備朝臣真吉備宣す、勅を奉るに、と見え、一代要記などにも、真吉備と有り。近きころ此大臣の、母君を葬り給える墓誌を掘りいでたるには、真備と有り。真備と有るをも、よむには、まきびと訓むべきなり。
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『玉勝間』一の巻 官名の事中昔の書どもには、おおきおおいもうちぎみ、またはおおきおとどなど云えるは、右の訓あまり長き故に、政の字をのぞきたる訓なり。また左右大臣は、於保伊万智岐美と有るも、官名につきてもうけられたる訓なり。ただし万豆岐美、万宇智岐美は、古の称にて、麻都岐美なるを、音便に然か云うなり。まえつぎみと云う事、書紀の景行の巻の歌に見えたり。さて和名抄には、右のごとく万宇智岐美と有るを、北山抄・江次第などに、末布知君・万不地起牟多地など書かれたるは、布不は仮字たがいたり。すべて音便に宇と唱うるは、みな宇の仮字なりと心得べし。大納言・中納言・参議・少納言、みな漢字を以てつけられたる官にて訓は字につきてもうけたるなり。弁は於保止毛比、これは上つ代よりの官名と聞こえたり。意はいかなるにか、いまだ考え得ず字もいかなる意をもてあてられたるにか、さだかならず。西宮記・北山抄・小右記などに、大輌火之官と書かれたるは借り字なり。外記・内記・大史・少史・史生・官掌など、皆漢ざまなり。もろもろのつかさの長官を、美加と云うは古なり。次官を須気と云うも古きか、判官を万豆利古止比止と云うは、もうけたる訓なり。佐官は訓見えず。
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『玉勝間』八の巻 男の名にも某子と云へる事又敏達の御巻なる糠手子の連を、崇峻の御巻には、糠手の連と見え、舒明御巻に、中臣の連弥気と有る人を、家の系図には、御食子の大連公と見え、又皇極の御巻に、巨勢の臣徳太とある人を、孝徳の御巻には、徳陀古とも有る、これらをもて見れば、子と云う事を、はぶきても添えても云えるも有しにや。
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『玉勝間』二の巻 あざ名と云ふ物の事あざ名と云うもの、かの文琳、菅三、平仲などのたぐいのみにもあらず、古より正しき名の外に呼ぶ名を、字と云える事多し。中むかしには、今のいわゆる俗名をも、字と云える事あり。その外にも田地の字、何の字くれの字など云うも、皆正しく定まれる名としも無くて、呼びならえるを云えり。いずれも漢国人の字とはことことなり。そが中に、今の俗名を云えるは、漢人の字と、こころばえ似たり。
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『玉勝間』九の巻 人ノ名を文字音に云ふ事人の名を、世に文字の音にて呼びならえる事、古くは、時平の大臣、多田の満仲、源の頼光、安倍の晴明などのごとき有り。やや後には、俊成卿・定家卿、家隆卿、鴨の長明など、もはら文字ごえにのみ云いならえり。琵琶ほうしの、平家物語を語るを聞くに、常にはさもあらぬ、もろもろの人の名どもも、多くは文字ごえに物すなるは、当時ことに、世の中にさかりなりし事なめり。
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『玉勝間』二の巻 儒者名をみだる事皇国は、物のありさまは、古とかわりきぬる事も、名は、物のうつり行く、その時時のさまには従わずして、今の世とても万になお古のを守り給うなるは、いともいとも有りがたく、孔丘が心もていわば、名のいと正しきにこそ有りけれ。さるをかえりて正しからずとしも云うは、何につけても、あながちに皇国を云いおとさむとする心のみ進めるからに、そのひがことなる事をも、われながら覚えざるなめり。
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