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玉勝間 / 二の巻 儒者名をみだる事

皇國は、物のありさまは、古、とかはりきぬる事も、名は、物のうつり行く、其時時のさまには從はずして、今の世とても萬になほ古、のを守り給ふなるは、いともいとも有がたく、孔丘が心もていはば、名のいと正しきにこそ有りけれ。さるをかへりて正しからずとしも云ふは、何につけても、あながちに皇國を云ひおとさむとする心のみ進めるからに、そのひがことなる事をも、われながら覺えざるなめり。

新字:皇国は、物のありさまは、古、とかはりきぬる事も、名は、物のうつり行く、其時時のさまには従はずして、今の世とても万になほ古、のを守り給ふなるは、いともいとも有がたく、孔丘が心もていはば、名のいと正しきにこそ有りけれ。さるをかへりて正しからずとしも云ふは、何につけても、あながちに皇国を云ひおとさむとする心のみ進めるからに、そのひがことなる事をも、われながら覚えざるなめり。

書き下し

皇国は、物のありさまは、古とかわりきぬる事も、名は、物のうつり行く、その時時のさまには従わずして、今の世とても万になお古のを守り給うなるは、いともいとも有りがたく、孔丘が心もていわば、名のいと正しきにこそ有りけれ。さるをかえりて正しからずとしも云うは、何につけても、あながちに皇国を云いおとさむとする心のみ進めるからに、そのひがことなる事をも、われながら覚えざるなめり。

現代語訳

皇国では、物事のありさまは古と変わってきたこともあるが、名は、物事の移り変わるその時々の様子には従わず、今の世でも万事になお古の名を守っておられるのは、まことにありがたいことで、孔丘の心で言えば、名がたいへん正しいということなのである。それなのにかえって正しくないとまで言うのは、何につけても無理に皇国をおとしめようとする心ばかりがはやるから、それが誤りであることを自分でも気づかないのであろう。

解説

前の段の結論である。日本では、官職などの実態は古から変わっても、名は古のまま守り続けている。これこそ孔子の立場から見れば名が正しいということだ、と宣長は言う。それを正しくないと言う儒者は、何かにつけて日本をおとしめたい心が先に立つから、自分の誤りにさえ気づかないのだ、と結ぶ。宣長の儒者批判は、議論の中身だけでなく、その動機にまで踏み込むのが特徴である。結論が先にあり、理屈は後からついてくる、という人の心の癖を見抜いている。皇国を称える口調は時代のものだが、相手を低く見る心が判断を曇らせるという指摘は、宣長自身の中国観にもはね返りうる、公平な物差しとして受けとめたい。

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