玉勝間 / 六の巻 宝づくしと云ふ物に鍵ある事
今世ノ中に、たからづくしとて、寳のかぎりをあつめゑがく事あり。其中に鍵の有るは、何の故にかと思へば、むかし天智天皇の御世三年に、近江ノ國栗太ノ郡に、磐城村主殷と云ひし人の妻、家の庭に出たりし前へ、そらより鑰匙二つふり來たりけるを、とりて夫の殷に與へける。それより、その家富榮えたりし事、書紀に見えたり。これよりや、世にめでたき寳として、繪にもかく事にはなりにけむ。
新字:今世ノ中に、たからづくしとて、宝のかぎりをあつめゑがく事あり。其中に鍵の有るは、何の故にかと思へば、むかし天智天皇の御世三年に、近江ノ国栗太ノ郡に、磐城村主殷と云ひし人の妻、家の庭に出たりし前へ、そらより鑰匙二つふり来たりけるを、とりて夫の殷に与へける。それより、その家富栄えたりし事、書紀に見えたり。これよりや、世にめでたき宝として、絵にもかく事にはなりにけむ。
書き下し
今世の中に、たからづくしとて、宝のかぎりをあつめえがく事あり。その中に鍵の有るは、何の故にかと思えば、むかし天智天皇の御世三年に、近江の国栗太の郡に、磐城村主殷と云いし人の妻、家の庭に出でたりし前へ、そらより鑰匙二つふり来たりけるを、とりて夫の殷に与えける。それより、その家富み栄えたりし事、書紀に見えたり。これよりや、世にめでたき宝として、絵にもかく事にはなりにけむ。
現代語訳
今の世に「宝尽くし」といって、宝物をありったけ集めて描くことがある。その中に鍵があるのはどういうわけかと思えば、昔、天智天皇の御代三年に、近江国栗太郡の磐城村主殷という人の妻が家の庭に出ていた、その前へ、空から鍵が二つ降ってきたのを、取って夫の殷に与えた。それからその家が富み栄えたことが、日本書紀に見えている。これによってであろうか、世にめでたい宝として、絵にも描くことになったのだろう。
解説
関連する章句
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