玉勝間 / 六の巻 笛の孔
悉曇藏云、元造曆云、伶倫造笛、文、此乃取解谷竹、學鳳凰鳴者也、笛有十一孔也、二孔闘而不傳、其九孔者、以出五音、竹節爲尾、竹抄爲首、本管之口、呼之爲口、從此而起、於竹腹上、一二三四五六七孔、如行呼爲次千五上夕中六、下口六二-孔爲宮、此有二條、謂一越條、差陀條、呂土也。孔者、是一音之大小、合爲一越條、次孔非別條也、名爲无條、是則諸音鹽梅故也。干孔爲商、即是秋音、此有三條、謂平條、大食條、乞食條、金也、五孔亦非別條、鹽梅之義、同次孔故也、上孔爲角、即是春音、名爲霜條、後、其呂音未傳之、木也、夕孔爲徵、即是夏音也。此有二條、謂黃鐘條、垂條、火也、中孔爲羽、即是冬音、名盤食條、得、其呂音未傳之、水也、中孔六孔、以此二孔、合名下也、竹節下孔、所以以之者也。
新字:悉曇蔵云、元造暦云、伶倫造笛、文、此乃取解谷竹、学鳳凰鳴者也、笛有十一孔也、二孔闘而不伝、其九孔者、以出五音、竹節為尾、竹抄為首、本管之口、呼之為口、従此而起、於竹腹上、一二三四五六七孔、如行呼為次千五上夕中六、下口六二-孔為宮、此有二条、謂一越条、差陀条、呂土也。孔者、是一音之大小、合為一越条、次孔非別条也、名為无条、是則諸音塩梅故也。干孔為商、即是秋音、此有三条、謂平条、大食条、乞食条、金也、五孔亦非別条、塩梅之義、同次孔故也、上孔為角、即是春音、名為霜条、後、其呂音未伝之、木也、夕孔為徴、即是夏音也。此有二条、謂黄鐘条、垂条、火也、中孔為羽、即是冬音、名盤食条、得、其呂音未伝之、水也、中孔六孔、以此二孔、合名下也、竹節下孔、所以以之者也。
書き下し
悉曇蔵に云う、元造暦に云う、伶倫笛を造る、と。文。これ乃ち解谷の竹を取り、鳳凰の鳴くを学ぶ者なり。笛に十一孔有り。二孔は闕けて伝わらず。その九孔は、以て五音を出だす。竹の節を尾と為し、竹の抄を首と為す。本管の口、これを呼びて口と為す。これより起こりて、竹の腹の上に於て、一二三四五六七の孔、行のごとく呼びて次千五上夕中六と為す。下口六の二孔を宮と為す。これに二条有り、一越条、差陀条と謂う。呂は土なり。孔は、これ一音の大小、合わせて一越条と為す。次の孔は別条に非ざるなり、名づけて无条と為す。これ則ち諸音の塩梅の故なり。干孔を商と為す、即ちこれ秋の音。これに三条有り、平条、大食条、乞食条と謂う。金なり。五孔もまた別条に非ず、塩梅の義、次の孔に同じき故なり。上孔を角と為す、即ちこれ春の音、名づけて霜条と為す。後、その呂音未だこれを伝えず。木なり。夕孔を徴と為す、即ちこれ夏の音なり。これに二条有り、黄鐘条、并びに垂条と謂う。火なり。中孔を羽と為す、即ちこれ冬の音、盤食条と名づく。得、その呂音未だこれを伝えず。水なり。中孔と六孔と、この二孔を以て、合わせて下と名づくるなり。竹の節の下の孔、以てこれを以てする所以の者なり。
現代語訳
悉曇蔵にいう。元造暦に「伶倫が笛を造った」とある。以上が本文である。これはすなわち解谷の竹を取って、鳳凰の鳴き声をまねたものである。笛には十一の孔がある。二つの孔は欠けて伝わらない。残りの九つの孔で五音を出す。竹の節のほうを尾とし、竹の先のほうを首とする。本管の口を「口」と呼ぶ。ここから始めて、竹の腹の上にある一から七までの孔を、並びのとおりに「次・千・五・上・夕・中・六」と呼ぶ。下の口と六の二つの孔を宮とする。これに二つの調子があり、一越調、差陀調という。呂は土にあたる。孔というのは一つの音の大小で、合わせて一越調とする。次の孔は別の調子ではなく、名づけて无条という。これはすなわち諸音の塩梅(調整)のためである。千の孔を商とする。すなわち秋の音である。これに三つの調子があり、平調、大食調、乞食調という。金にあたる。五の孔もまた別の調子ではない。塩梅の意味で、次の孔と同じだからである。上の孔を角とする。すなわち春の音で、名づけて霜調という。その後、その呂の音はまだ伝わっていない。木にあたる。夕の孔を徴とする。すなわち夏の音である。これに二つの調子があり、黄鐘調と垂調という。火にあたる。中の孔を羽とする。すなわち冬の音で、盤食調と名づける。その呂の音はまだ伝わっていない。水にあたる。中の孔と六の孔と、この二つの孔を合わせて「下」と名づける。竹の節の下の孔は、これによってこうするのである。
解説
関連する章句
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徒然草・第219段四条黄門命ぜられて曰く、「竜秋は道にとりてはやんごとなき者なり。先日来りて曰く、『短慮の至り、極めて荒涼の事なれども、横笛の五の穴は、聊か訝かしき所の侍るかと、ひそかにこれを存ず。そのゆゑは、干の穴は平調、五の穴は下無調なり。その間に勝絶調をへだてたり。上の穴双調、次に鳧鐘調をおきて、夕の穴黄鐘調なり。その次に鸞鏡調をおきて、中の穴盤渉調、中と六との間に神仙調あり。かやうに間々にみな一律をぬすめるに、五の穴のみ上の間に調子をもたずして、しかも間をくばる事ひとしきゆゑに、その声不快なり。さればこの穴を吹くときは、かならずのく。のけあへぬときは物にあはず。吹き得る人難し。』と申しき。料簡のいたり、まことに興あり。先達後生を恐るといふ事、この事なり。」と侍りき。他日に景茂が申し侍りしは、「笙は調べおほせてもちたれば、たゞ吹くばかりなり。笛はふきながら、息のうちにて、かつ調べもてゆく物なれば、穴ごとに口伝の上に、性骨を加へて心を入るゝ事、五の穴のみにかぎらず。偏にのくとばかりも定むべからず。あしく吹けば、いづれの穴も快からず。上手はいづれをも吹きあはす。呂律のものにかなはざるは、人の咎なり、器の失にあらず。」と申しき。
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呂氏春秋・古樂⑤昔、黃帝、伶倫をして律を作為せしむ。伶倫、大夏の西自り、乃ち阮隃の陰に之き、竹を嶰谿の谷に取り、生じて空竅の厚さ鈞しき者を以て、兩節の間を斷ち、其の長さ三寸九分にして之を吹き、以て黃鐘の宮と為し、吹けば舍少と曰う。次に十二筒を制し、以て阮隃の下に之き、鳳皇の鳴を聽き、以て十二律に別つ。其の雄の鳴は六為り、雌の鳴も亦た六たり。以て黃鐘の宮に比して、適合せしむ。黃鐘の宮、皆以て之を生ず可し。故に曰く、黃鐘の宮は、律呂の本なり。黃帝又伶倫に命じ、榮將と與に十二鐘を鑄、以て五音を和し、以て英韶を施さしむ。仲春の月、乙卯の日、日の奎に在りしときを以て、始めて之を奏し、之を命づけて咸池と曰う。
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説苑・修文孔子齊の郭門の外に至るに、一嬰兒の一壺を挈げて、相與に俱に行くに遇う、其の視精しく、其の心正しく、其の行端し。孔子御に謂いて曰く、「趣に之を驅れ、趣に之を驅れ。」と。韶樂方に作るに、孔子彼に至り、韶を聞きて三月肉味を知らず。故に樂は獨り以て自ら樂しむのみに非ず、又以て人を樂しましむ。獨り以て自ら正すのみに非ず、又以て人を正すなり!此に樂しむ者、樂を為すこと此に至るを圖らず。黃帝伶倫に詔して音律を作らしむ、伶倫大夏の西自り、乃ち崑崙の陰に之き、竹を嶰谷に取り、生竅厚薄均しき者を以て、兩節の間を斷ち、其の長さ九寸にして之を吹き、以て黃鐘の宮と為し、日に少次を含み、十二管を制し、崑崙の下を以て、鳳の鳴を聽き、以て十二律を別つ、其の雄鳴を六と為し、雌鳴も亦六なり、以て黃鐘の宮に比し、適に黃鐘の宮に合し、皆之を生ずべし、而して律の本なり。故に曰く黃鐘微にして均しく、鮮全にして傷つかず、其の宮為るや獨り尊く、大聖の德を象り、以て至賢の功を明らかにすべし、故に奉じて之を宗廟に薦め、以て功德を歌迎し、世世忘れず。是の故に黃鐘は林鐘を生じ、林鐘は大呂を生じ、大呂は夷則を生じ、夷則は太簇を生じ、太簇は南呂を生じ、南呂は夾鐘を生じ、夾鐘は無射を生じ、無射は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生じ、應鐘は蕤賓を生ず。三分の生ずる所、之に益すに一分を以てして上生す。三分の生ずる所、其の一分を去りて下生す。黃鐘・大呂・太簇・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓を上と為し、林鐘・夷則・南呂・無射・應鐘を下と為す。大聖至治の世、天地の氣、合して以て風を生じ、日至れば則ち日其の風を行いて以て十二律を生ず、故に仲冬短至には則ち黃鐘を生じ、季冬には大呂を生じ、孟春には太簇を生じ、仲春には夾鐘を生じ、季春には姑洗を生じ、孟夏には仲呂を生じ、仲夏には蕤賓を生じ、季夏には林鐘を生じ、孟秋には夷則を生じ、仲秋には南呂を生じ、季秋には無射を生じ、孟冬には應鐘を生ず。天地の風氣正しければ、十二律至るなり。
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『玉勝間』六の巻 ほうしの笛をふく事台記に、久安三年七月、法皇天王寺御幸の所に云わく、聖霊院に幸す云云、群臣に勅して管絃を奏せしむ、勅して曰く、笛は資賢朝臣、笙は内大臣、篳篥は俊盛朝臣、但し不堪と称して、これを吹かず、琵琶は信西(通憲の法名)、箏は覚邏、笛は資賢朝臣、その実は法皇親ら吹く、但し資賢時々吹く、法皇曰く、沙門として笛を吹くは、嘲りを招くべし、即ち障子に隠れ居てこれを吹く、予なお近く候す、御笛の音を聞く者、上下歎美せざる莫し、御出家の後、今夜初めて吹く云云。これを見れば、この頃までも、法師は、管は吹かぬ事にせしなり。信西、覚邏、琵琶、箏と有れば、絃はほうしも弾きたりしなり。昔は女も然かなりき。
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史記 律書律数。九九八十一を以て宮と為す。三分して一を去り、五十四を以て徴と為す。三分して一を益し、七十二を以て商と為す。三分して一を去り、四十八を以て羽と為す。三分して一を益し、六十四を以て角と為す。黄鐘は長さ八寸七分一、宮。大呂は長さ七寸五分三分。太蔟は長さ七寸分二、角。夾鐘は長さ六寸分三分一。姑洗は長さ六寸分四、羽。仲呂は長さ五寸九分三分二、徴。蕤賓は長さ五寸六分三分。林鐘は長さ五寸分四、角。夷則は長さ五寸三分二、商。南呂は長さ四寸分八、徴。無射は長さ四寸四分三分二。応鐘は長さ四寸二分三分二、羽。鐘分を生ず。丑は三分の二。寅は九分の八。辰は八十一分の六十四。巳は二百四十三分の一百二十八。午は七百二十九分の五百一十二。未は二千一百八十七分の一千二十四。申は六千五百六十一分の四千九十六。酉は一万九千六百八十三分の八千一百九十二。戌は五万九千四十九分の三万二千七百六十八。亥は十七万七千一百四十七分の六万五千五百三十六。黄鐘を生ずるの術に曰く、下に生ずる者は、其の実を倍にし、其の法を三にす。上に生ずる者は、其の実を四にし、其の法を三にす。上は九、商は八、羽は七、角は六、宮は五、徴は九。一を置きて九たび之を三にして以て法と為す。実、法の如くなれば、長さ一寸を得。凡そ九寸を得、命じて「黄鐘の宮」と曰ふ。故に曰く、音は宮に始まり、角に窮まる。数は一に始まり、十に終はり、三に成る。気は冬至に始まり、周りて復た生ず。
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