玉勝間 / 十三の巻 貞和四年に西ノ海に沈みし宝劒出来れりと云ふさだの事
光明天皇の御世、貞和四年に、元曆のころ、壇ノ浦に沈みし寶劔、出來れりとて、伊勢より進奏せる事あり。これは彼ノ國の圓成と云ふ僧、大神宮へ千日參詣をしけるが、千日に滿けるをりしも、海上に光物有て圓成これを得て見るに二尺五六寸の劔なり。其時十二三ばかりなる童に、神託ありて、これ海底に沈みし、三種の中の寶劔なりとありければ、祭主神人等、連署の起請をそへて、かの圓成これを持て上京し、日野ノ前、大納言資明ノ卿につきて、これを奉る。さて資明ノ卿平野、社の神主ト部ノ宿禰兼員を召て、三種ノ神器の由來を、委くたづね、猶も天下の人に信ぜさせむために、兼員をして、三七日祈誓せしめ、此劒まことにかの寶劒なりと云ふことを、然るべき人の夢に告給ひて、人の疑を去て、奏聞せんとて、祈請せしむ。其時左兵衛ノ督直義朝臣の夢に、奇瑞ありしによりて、いよいよ寶劍にまぎれ無しとて、此よし仙洞へ奏聞して、奉り給へり。然るに勸修寺ノ大納言經顯ノ卿これを聞て、寶劔執奏の事、すべて資明が阿黨のところより事おこりて候。
新字:光明天皇の御世、貞和四年に、元暦のころ、壇ノ浦に沈みし宝剣、出来れりとて、伊勢より進奏せる事あり。これは彼ノ国の円成と云ふ僧、大神宮へ千日参詣をしけるが、千日に満けるをりしも、海上に光物有て円成これを得て見るに二尺五六寸の剣なり。其時十二三ばかりなる童に、神託ありて、これ海底に沈みし、三種の中の宝剣なりとありければ、祭主神人等、連署の起請をそへて、かの円成これを持て上京し、日野ノ前、大納言資明ノ卿につきて、これを奉る。さて資明ノ卿平野、社の神主ト部ノ宿祢兼員を召て、三種ノ神器の由来を、委くたづね、猶も天下の人に信ぜさせむために、兼員をして、三七日祈誓せしめ、此劒まことにかの宝劒なりと云ふことを、然るべき人の夢に告給ひて、人の疑を去て、奏聞せんとて、祈請せしむ。其時左兵衛ノ督直義朝臣の夢に、奇瑞ありしによりて、いよいよ宝剣にまぎれ無しとて、此よし仙洞へ奏聞して、奉り給へり。然るに勧修寺ノ大納言経顕ノ卿これを聞て、宝剣執奏の事、すべて資明が阿党のところより事おこりて候。
書き下し
光明天皇の御世、貞和四年に、元暦のころ、壇の浦に沈みし宝剣、出で来たれりとて、伊勢より進奏せる事あり。これはかの国の円成と云う僧、大神宮へ千日参詣をしけるが、千日に満ちけるおりしも、海上に光物有りて円成これを得て見るに二尺五六寸の剣なり。その時十二三ばかりなる童に、神託ありて、これ海底に沈みし、三種の中の宝剣なりとありければ、祭主神人等、連署の起請をそえて、かの円成これを持ちて上京し、日野の前の大納言資明の卿につきて、これを奉る。さて資明の卿平野の社の神主卜部の宿禰兼員を召して、三種の神器の由来を、委しくたずね、猶も天下の人に信ぜさせむために、兼員をして、三七日祈誓せしめ、この剣まことにかの宝剣なりと云うことを、然るべき人の夢に告げ給いて、人の疑いを去りて、奏聞せんとて、祈請せしむ。その時左兵衛の督直義朝臣の夢に、奇瑞ありしによりて、いよいよ宝剣にまぎれ無しとて、このよし仙洞へ奏聞して、奉り給えり。然るに勧修寺の大納言経顕の卿これを聞きて、宝剣執奏の事、すべて資明が阿党のところより事おこりて候。
現代語訳
光明天皇の御代、貞和四年に、元暦の頃に壇ノ浦に沈んだ宝剣が現れたといって、伊勢から奏上したことがあった。これは伊勢の国の円成という僧が、大神宮に千日参詣をしていたところ、千日が満ちたちょうどその時、海上に光るものがあって、円成がそれを手に入れて見ると二尺五、六寸の剣であった。その時、十二、三歳ほどの童に神託があって、「これは海底に沈んだ三種の神器のうちの宝剣である」と告げたので、祭主や神人たちが連名の起請文を添え、その円成がこれを持って上京し、日野前大納言資明卿を通じてこれを献上した。さて資明卿は平野社の神主卜部宿禰兼員を呼んで三種の神器の由来を詳しく尋ね、さらに天下の人に信じさせるために、兼員に二十一日間祈誓させ、この剣がまことにあの宝剣であることを、しかるべき人の夢にお告げいただき、人々の疑いを除いたうえで奏上しようと、祈請させた。その時、左兵衛督足利直義朝臣の夢に不思議なしるしがあったので、いよいよ宝剣に間違いないとして、このことを上皇の御所に奏上して献上された。ところが勧修寺大納言経顕卿がこれを聞いて、「宝剣を取り次いで奏上したことは、すべて資明がえこひいきをするところから起こったことでございまして、
解説
関連する章句
-
『玉勝間』十三の巻 貞和四年に西ノ海に沈みし宝劒出来れりと云ふさだの事百六十余年の間、治世有徳の御世にだにも、出でざりし宝剣の、今かかる乱世にあたりて、出ずべき理なく候と、委しく奏し申されければ、上皇げにもとや思しめされけん、かの剣をば、平野の社の神主兼員に預けられけるとぞと、この事太平記廿五の巻に、くわしく記せり。まことに資明の卿直義兼員円成ら、あいはかりて、かまえ出だしたる、いつわり事とこそ聞こゆれ。
-
『玉勝間』十三の巻 宝劒の事法皇、宝剣の失せぬる事を、大いに御歎きありて、賀茂大明神に、七日御参籠、第七箇日に御夢想あり。宝剣の事、長門の国壇の浦の、老松若松という海士に仰せて、尋ね給うべしとなり。これによりて、九郎判官を召して、この事を仰せを含めらる。義経かの国へ下り、件の二人の海士をめす。老松は母、若松は女なり。二人ともに海に入りて、一日ありて浮かび上がりて、申すよう。怪しき子細ある所に候えば、凡夫の力に及ばず。如法経を書写して、身にまとうて入るべしと申すによりて、僧をあつめ、如法経を書写し、老松身にこれをまといて入り、一日一夜上がらず。翌日午の刻ばかりに浮かび上がる。子細は帝の御前にて申すべしと云うによりて、都へ具して上り、法住寺の御所に於て申していわく。竜宮城とおぼしき処に入り、そのありさま凡夫のすみかにあらず、心も言も及びがたし。老松、大日本国の帝王の御使と申し入れ庭上にすすみて、御簾の半ばあげたる内を見れば、長は知らず、臥長二丈もやあらんとおぼゆる大蛇、剣を口にくわえ、七八歳の小児をいだきてあり。詞を出していわく、宝剣は、必ずしも日本の帝の宝にあらず。竜宮城の宝物なり。かの出雲の国簸の川上の大蛇は、我が次郎王子なりし。
-
『玉勝間』十三の巻 又宝劒の事百練抄に、文治三年七月廿日己未、七社に奉幣す、宝剣の御祈に依るなり。今日、勅使を長門国に遣わさる、且つは祈謝せられ、捜索せしめんが為なり。神祇大祐卜部兼衡、大蔵少輔安倍泰成等使と為る、前安芸守佐伯景弘、去る比下向す。景弘、合戦の時彼の国に在り、賓剣沈没の所を存知すと云云。
-
『玉勝間』十三の巻 宝劒の事その後日本武の尊東行の時、胆吹山のすそに、臥長一丈の大蛇となりて、この剣を取らむとせしかども、取り得ざりし故に、その後さまざまと謀をめぐらし、簸の川上の大蛇、安徳天皇となり、源平の乱をおこし、竜宮に返し取りぬ。今我が口に含める、即ち是宝剣なり。抱ける小児は、安徳天皇なり。平家の一門の人人も、ここにありとて、簾をまきあげて見せける。まことにその人人皆なみ居たり。今汝に、身にまとえる如法経の貴さに、本の質をそのままにて見ゆるなり。ただしこの剣は、尽未来際、日本に返す事あるべからずとて、大蛇は内にはい入りぬと奏しければ、法皇をはじめ奉り、月卿雲客、一同に奇特の思いをなし給えり。さてこそ宝剣は、失せ侍りと治定しけれと、これも同じ書に見えたり。件の事は、寺寺の縁起のたぐいにて、みな例の僧のともがらの、世の人をあざむく、むげの造り事なり。然るを万の事に、かくさまの仏法ざたのすじを云うことを好みて、かかる書にさえ、いみじげに記されたるは、この事のみにあらず、皇国のむかし人の常のくせなり。大かたかかるたぐいの事をしるせるは、いずれの書なるもみな同じ事なり、いとうるさし。
-
『神皇正統記』巻五 第八十二代 後鳥羽院其比ほひは昼の御坐の御剣を宝剣に擬せられたりしが、神宮の御告にて神剣をたてまつらせ給しによりて近比までの御まぼりなりき。 三種の神器の事は所々に申侍しかども、先内侍所は神鏡也。八咫の鏡と申。正体は皇太神宮にいはひ奉る。内侍所にましますは崇神天皇の御代に鋳かへられたりし御鏡なり。村上の御時、天徳年中に火事にあひ給。それまでは円規かけましまさず。後朱雀の御時、長久年中にかさねて火ありしに、灰燼の中より光をさゝせ給けるを、をさめてあがめ奉られける。されど正体はつゝがなくて万代の宗廟にまします。宝剣も正体は天の叢雲の剣と申は、熱田の神宮にいはひ奉る。西海にしづみしは崇神の御代におなじくつくりかへられし剣也。うせぬることは末世のしるしにやとうらめしけれど、熱田の神あらたなる御こと也。昔新羅国より道行と云法師、来てぬすみたてまつりしかど、神変をあらはして我国をいでたまはず。彼両種は正体昔にかはりましまさず。
-
『玉勝間』十三の巻 文治元年四月神鏡神璽京にかへり入らせ給ふ事文治元年四月廿五日、神鏡神璽入御あり。上卿は権中納言経房、参議は宰相の中将泰通、弁左少弁兼忠、近衛には左中将公時の朝臣、右中将範能の朝臣なり、両将ともに、壺胡籙を帯せり。職事蔵人左衛門権佐親雅ぞ、供奉しける。四塚より下馬して、各歩行す。先ず頭の中将通資朝臣参向して、行事す。内侍所、内蔵寮新造の唐櫃に納め奉る。大夫尉義経、郎等三百騎を相具して、前行す。御後、又百騎候う。朱雀を北へ行き、六条を東へ行き、大宮を北へ行き、待賢門に入り、朝所に着御ありけり。蔵人左衛門尉橘〓季、かねてこの所に候いけり。神璽は、海上に浮かみけるを、常陸国の住人片岡の太郎経春が、取り上げ奉りけるとぞ聞こえし。同廿七日、内侍所神聖、官の庁より温明殿へ渡し奉らる。上卿参議弁次将、みなもとの供奉の人なりけり。三箇日臨時の御神楽おこなわれけりと、この事源平盛衰記に見えたり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る