呂氏春秋 / 古樂⑤
昔黃帝令伶倫作為律。伶倫自大夏之西,乃之阮隃之陰,取竹於嶰谿之谷,以生空竅厚〔薄〕鈞者、斷兩節間、其長三寸九分而吹之,以為黃鐘之宮,吹(日)〔曰〕舍少。次制十二筒,以之阮隃之下,聽鳳皇之鳴,以別十二律。其雄鳴為六,雌鳴亦六,以(此)〔比〕黃鐘之宮,適合。黃鐘之宮,皆可以生之,故曰黃鐘之宮,律呂之本。黃帝又命伶倫與榮將鑄十二鐘,以和五音,以施《英韶》,以仲春之月,乙卯之日,日在奎,始奏之,命之曰《咸池》。
新字:昔黄帝令伶倫作為律。伶倫自大夏之西,乃之阮隃之陰,取竹於嶰谿之谷,以生空竅厚〔薄〕鈞者、断両節間、其長三寸九分而吹之,以為黄鐘之宮,吹(日)〔曰〕舎少。次制十二筒,以之阮隃之下,聴鳳皇之鳴,以別十二律。其雄鳴為六,雌鳴亦六,以(此)〔比〕黄鐘之宮,適合。黄鐘之宮,皆可以生之,故曰黄鐘之宮,律呂之本。黄帝又命伶倫与栄将鋳十二鐘,以和五音,以施《英韶》,以仲春之月,乙卯之日,日在奎,始奏之,命之曰《咸池》。
書き下し
昔、黃帝、伶倫をして律を作為せしむ。伶倫、大夏の西自り、乃ち阮隃の陰に之き、竹を嶰谿の谷に取り、生じて空竅の厚さ鈞しき者を以て、兩節の間を斷ち、其の長さ三寸九分にして之を吹き、以て黃鐘の宮と為し、吹けば舍少と曰う。次に十二筒を制し、以て阮隃の下に之き、鳳皇の鳴を聽き、以て十二律に別つ。其の雄の鳴は六為り、雌の鳴も亦た六たり。以て黃鐘の宮に比して、適合せしむ。黃鐘の宮、皆以て之を生ず可し。故に曰く、黃鐘の宮は、律呂の本なり。黃帝又伶倫に命じ、榮將と與に十二鐘を鑄、以て五音を和し、以て英韶を施さしむ。仲春の月、乙卯の日、日の奎に在りしときを以て、始めて之を奏し、之を命づけて咸池と曰う。
現代語訳
むかし黄帝は臣の伶倫に命じて音律を定めさせた。伶倫は大夏の西から崑崙山の北へ行き、嶰谿の谷で竹を取り、内部の空洞と肉の厚さが均一なものを選び、両節の間を切って、長さ三寸九分にしてこれを吹き、黄鐘の宮の音とした。吹くと「舎少」という音がした。次に十二本の筒を作り、崑崙のふもとで鳳凰の鳴き声を聞き、それによって十二律を分けた。雄の鳴き声が六つ、雌の鳴き声も六つで、それを黄鐘の宮と比べてぴったり合わせた。黄鐘の宮からすべての律が生じるので、「黄鐘の宮は律呂の根本である」という。黄帝はまた伶倫と栄将に十二の鐘を鋳造させ、五音を調和させ、『英韶』の楽を施した。仲春の月、乙卯の日、太陽が奎の星宿にあるとき、はじめてこれを演奏し、『咸池』と名づけた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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五行大義・第十五論律呂『春秋元命苞』に云う、律の言たるや率なり、と。『続漢書』に云う、律は術なり、と。『律書』に云う、呂は序なり。四時の気を序述し、十二月の位を定むるなり、と。陰陽各々六、合して十二有り。陽の六を律と為し、陰の六を呂と為す。律の六とは、黄鍾(こうしょう)・大蔟(たいそう)・姑洗(こせん)・蕤賓(すいひん)・夷則(いそく)・無射(ぶえき)なり。呂の六とは、林鐘(りんしょう)・南呂(なんりょ)・応鐘(おうしょう)・大呂(たいりょ)・夾鐘(きょうしょう)・仲呂(ちゅうりょ)なり。『史記』に云う、律暦は、天の五行八正の気を運らし、万物を成熟する所以なり、と。『帝王世紀』に云う、黄帝、伶倫(れいりん)をして大夏の西、崑崙(こんろん)の陰に於いて、竹を解谷に取らしむ。その竅(あな)厚く均しき者、両節の間を断ちてこれを吹き、以て黄鐘の管と為し、以て鳳の鳴くに象る。雌雄各々六、以て律呂を定め、以て星次を分かつ、と。伶洲鳩(れいしゅうきゅう)曰く、律は均を立て度を出だす所以なり。故に云う、紀すに三を以てし、平らぐに六を以てし、成すに十二を以てす、天の道なり、と。此れ六中の元なり。古の神瞽(しんこ)は、中声を考えてこれを量り、以て度律を制し、鐘を均しくす、故に黄鐘と名づく。六気を宣養する所以なり。二に曰く太蔟、金奏する所以にして、乃ち陽を賛けて滞りを出だす。三に曰く姑洗、百物を脩潔し、神を考え賓を納るる所以なり。四に曰く蕤賓、神人を安静し、献酬交酢する所以なり。五に曰く夷則、九則を詠歌し、民を平らかにして弐(ふたごころ)無からしむる所以なり。六に曰く無射、哲人の令徳を宣布し、民に軌儀を示す所以なり。これが六間を為し、以て沈伏を揚げて散越を黜(しりぞ)く。元間は大呂、物を宣ぶるを助くるなり。
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説苑・修文孔子齊の郭門の外に至るに、一嬰兒の一壺を挈げて、相與に俱に行くに遇う、其の視精しく、其の心正しく、其の行端し。孔子御に謂いて曰く、「趣に之を驅れ、趣に之を驅れ。」と。韶樂方に作るに、孔子彼に至り、韶を聞きて三月肉味を知らず。故に樂は獨り以て自ら樂しむのみに非ず、又以て人を樂しましむ。獨り以て自ら正すのみに非ず、又以て人を正すなり!此に樂しむ者、樂を為すこと此に至るを圖らず。黃帝伶倫に詔して音律を作らしむ、伶倫大夏の西自り、乃ち崑崙の陰に之き、竹を嶰谷に取り、生竅厚薄均しき者を以て、兩節の間を斷ち、其の長さ九寸にして之を吹き、以て黃鐘の宮と為し、日に少次を含み、十二管を制し、崑崙の下を以て、鳳の鳴を聽き、以て十二律を別つ、其の雄鳴を六と為し、雌鳴も亦六なり、以て黃鐘の宮に比し、適に黃鐘の宮に合し、皆之を生ずべし、而して律の本なり。故に曰く黃鐘微にして均しく、鮮全にして傷つかず、其の宮為るや獨り尊く、大聖の德を象り、以て至賢の功を明らかにすべし、故に奉じて之を宗廟に薦め、以て功德を歌迎し、世世忘れず。是の故に黃鐘は林鐘を生じ、林鐘は大呂を生じ、大呂は夷則を生じ、夷則は太簇を生じ、太簇は南呂を生じ、南呂は夾鐘を生じ、夾鐘は無射を生じ、無射は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生じ、應鐘は蕤賓を生ず。三分の生ずる所、之に益すに一分を以てして上生す。三分の生ずる所、其の一分を去りて下生す。黃鐘・大呂・太簇・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓を上と為し、林鐘・夷則・南呂・無射・應鐘を下と為す。大聖至治の世、天地の氣、合して以て風を生じ、日至れば則ち日其の風を行いて以て十二律を生ず、故に仲冬短至には則ち黃鐘を生じ、季冬には大呂を生じ、孟春には太簇を生じ、仲春には夾鐘を生じ、季春には姑洗を生じ、孟夏には仲呂を生じ、仲夏には蕤賓を生じ、季夏には林鐘を生じ、孟秋には夷則を生じ、仲秋には南呂を生じ、季秋には無射を生じ、孟冬には應鐘を生ず。天地の風氣正しければ、十二律至るなり。
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国語・周語下王将に無射を鋳んとし、律を伶州鳩に問う。対えて曰く、「律は均を立て度を出だす所以なり。古の神瞽(しんこ)中声を考えて之を量るに制を以てし、律を度り鍾を均しくし、百官の軌儀とす。之を紀するに三を以てし、之を平らかにするに六を以てし、十二に成る。天の道なり。夫れ六は中の色なり。故に之に名づけて黄鍾(こうしょう)と曰う。六気・九徳を宣養する所以なり。是に由りて之を第す。二に曰く太蔟(たいそう)、金奏して陽を賛(たす)け滞りを出だす所以なり。三に曰く姑洗(こせん)、百物を修潔し、神を考え賓を納るる所以なり。四に曰く蕤賓(すいひん)、神人を安靖し、献酬交酢(こうさく)する所以なり。五に曰く夷則(いそく)、九則を詠歌し、民を平らかにして貳(ふた)ごころ無からしむる所以なり。六に曰く無射、哲人の令徳を宣布し、民に軌儀を示す所以なり。之が為に六間を為(つく)り、以て沈伏を揚げて、散越を黜(しりぞ)く。元間は大呂(たいりょ)、物を宣ぶるを助くるなり。二間は夾鍾(きょうしょう)、四隙の細を出だすなり。三間は仲呂(ちゅうりょ)、中気を宣ぶるなり。四間は林鍾(りんしょう)、百事を和展し、粛純恪(しゅくじゅんかく)に任ぜざる莫からしむるなり。五間は南呂(なんりょ)、陽の秀を賛くるなり。六間は応鍾(おうしょう)、器用を均利し、応じて復せしむるなり。 「律呂易(か)わらざれば、姦物無し。細鈞は鍾有りて鎛(はく)無し、其の大を昭らかにするなり。大鈞は鎛有りて鍾無し。甚だ大なるは鎛無し、其の細を鳴らすなり。大昭らかに小鳴るは、和の道なり。和平なれば則ち久しく、久固なれば則ち純なり。純明なれば則ち終わり、終わりて復すれば則ち楽しむ。政を成す所以なり。故に先王之を貴ぶ」と。
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呂氏春秋・音律①黃鐘は林鐘を生じ、林鐘は太蔟を生じ、太蔟は南呂を生じ、南呂は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生じ、應鐘は蕤賓を生じ、蕤賓は大呂を生じ、大呂は夷則を生じ、夷則は夾鐘を生じ、夾鐘は無射を生じ、無射は仲呂を生ず。生ずる所を三分して、之に一分を益して以て上生し、生ずる所を三分して、其の一分を去りて以て下生す。黃鐘・大呂・太蔟・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓を上と為し、林鐘・夷則・南呂・無射・應鐘を下と為す。
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五行大義・第十五論律呂黄鐘の気は子に在り、十一月焉(ここ)に建つ。その辰は星紀に在り。下りて林鐘を生ず。林鐘の数は五十四、気は未に在り、六月焉に建つ。その辰は鶉火(じゅんか)。上りて大蔟を生ず。大蔟の数は七十二、気は寅に在り、正月焉に建つ。その辰は諏訾(しゅし)。下りて南呂を生ず。南呂の数は四十八、気は酉に在り、八月焉に建つ。その辰は寿星。上りて姑洗を生ず。姑洗の数は六十四、気は辰に在り、三月焉に建つ。その辰は大梁。下りて応鐘を生ず。応鐘の数は四十二、気は亥に在り、十月焉に建つ。その辰は析木(せきぼく)。上りて蕤賓を生ず。蕤賓の数は五十六、気は午に在り、五月焉に建つ。その辰は鶉首。上りて大呂を生ず。大呂の数は七十六、気は丑に在り、十二月焉に建つ。その辰は玄枵(げんきょう)。下りて夷則を生ず。夷則の数は五十一、気は申に在り、七月焉に建つ。その辰は鶉尾。上りて夾鐘を生ず。夾鐘の数は六十八、気は卯に在り、二月焉に建つ。その辰は降婁(こうろう)。下りて無射を生ず。無射の数は四十五、気は戌に在り、九月焉に建つ。その辰は大火。上りて中呂を生ず。中呂の数は六十、気は巳に在り、四月焉に建つ。その辰は実沈。辰と建とは、交錯して表裏を為す。即ちその合なり。然るに相生は乾坤の六体を以てこれを為す。黄鐘は初九、下りて林鐘を生ず。初六、又上りて大蔟を生ず。『楽緯』に云う、黄鐘は中宮、数は八十一。天一・地二・人三の数を以て、以て律を増減し、五音を成す。中和の気なり。増して上生を治め、減じて下生を治む。上生とは、三分して一を益す。下生とは、三分して一を減ず。益すとは、四を以てこれに乗じ、三を以てこれを除す。減ずとは、二を以てこれに乗じ、三を以てこれを除す、と。『三礼義宗』に云う、
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史記 律書律数。九九八十一を以て宮と為す。三分して一を去り、五十四を以て徴と為す。三分して一を益し、七十二を以て商と為す。三分して一を去り、四十八を以て羽と為す。三分して一を益し、六十四を以て角と為す。黄鐘は長さ八寸七分一、宮。大呂は長さ七寸五分三分。太蔟は長さ七寸分二、角。夾鐘は長さ六寸分三分一。姑洗は長さ六寸分四、羽。仲呂は長さ五寸九分三分二、徴。蕤賓は長さ五寸六分三分。林鐘は長さ五寸分四、角。夷則は長さ五寸三分二、商。南呂は長さ四寸分八、徴。無射は長さ四寸四分三分二。応鐘は長さ四寸二分三分二、羽。鐘分を生ず。丑は三分の二。寅は九分の八。辰は八十一分の六十四。巳は二百四十三分の一百二十八。午は七百二十九分の五百一十二。未は二千一百八十七分の一千二十四。申は六千五百六十一分の四千九十六。酉は一万九千六百八十三分の八千一百九十二。戌は五万九千四十九分の三万二千七百六十八。亥は十七万七千一百四十七分の六万五千五百三十六。黄鐘を生ずるの術に曰く、下に生ずる者は、其の実を倍にし、其の法を三にす。上に生ずる者は、其の実を四にし、其の法を三にす。上は九、商は八、羽は七、角は六、宮は五、徴は九。一を置きて九たび之を三にして以て法と為す。実、法の如くなれば、長さ一寸を得。凡そ九寸を得、命じて「黄鐘の宮」と曰ふ。故に曰く、音は宮に始まり、角に窮まる。数は一に始まり、十に終はり、三に成る。気は冬至に始まり、周りて復た生ず。

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