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玉勝間 / 六の巻 彦根寺

同記に、同三年十二月十五日、攝政殿、令參詣近江國彥根寺給、云云、廿二日、太上皇、令參御彥根給、云云、今年、京中上下、多以參詣此寺、予具申中納言殿、參詣也、觀音靈驗云云。

新字:同記に、同三年十二月十五日、摂政殿、令参詣近江国彦根寺給、云云、廿二日、太上皇、令参御彦根給、云云、今年、京中上下、多以参詣此寺、予具申中納言殿、参詣也、観音霊験云云。

書き下し

同じ記に、同三年十二月十五日、摂政殿、近江国彦根寺に参詣せしめ給う、云云。二十二日、太上皇、彦根に参らしめ御し給う、云云。今年、京中の上下、多く以てこの寺に参詣す。予つぶさに中納言殿に申し、参詣するなり。観音の霊験と云云。

現代語訳

同じ中右記に、寛治三年十二月十五日、摂政殿が近江国の彦根寺に参詣なさった、云々。二十二日には太上皇(白河上皇)が彦根に参詣なさった、云々。今年は、京の中の身分の上下を問わず、多くの人がこの寺に参詣している。私も中納言殿に詳しく申し上げて参詣したのである。観音の霊験があらたかだということだ、とある。

解説

平安後期、近江の彦根寺の観音がにわかに信仰を集めたことを、中右記から書き留めた一段である。摂政も上皇も参詣し、京の上下がこぞって詣でたという。記主の藤原宗忠自身も、仕える中納言に申し出て参っている。霊験の評判が立つと、身分を問わず人が一つの寺に押し寄せる。こうした流行り仏の現象は、後の世の開帳や参詣の流行にもつながるものである。宣長はここに評を加えていないが、事実を記録として残しておくこと自体に意味を見ていた。何かが急に流行るとき、その熱は上から下まで同じように広がる。千年前も今も、評判の伝わり方には似たところがあると気づかせる記事である。

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