師導古典を学びたいすべての人に

武士道 / 第六章 禮儀・絶えず移りゆく流行を追う愚

宜なり、衣食足而知禮節と謂ひ、又たヴエブレン氏が多趣味の著、『安逸階級論』に於て、禮は『安逸階級者の生活の產む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。歐人往々我が禮儀の委曲繊巧に流るゝを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た禮儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絕えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、遽に其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに子は彼の流行すらも、猶ほ之を目して、虚榮の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の斷えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ纎巧なる儀禮を以て全く取るに足らずとせんや。

新字:宜なり、衣食足而知礼節と謂ひ、又たヴエブレン氏が多趣味の著、『安逸階級論』に於て、礼は『安逸階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人往々我が礼儀の委曲繊巧に流るゝを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、遽に其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに子は彼の流行すらも、猶ほ之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。

書き下し

宜なり、衣食足りて礼節を知ると謂ひ、又たヴェブレン氏が多趣味の著『有閑階級論』に於て、礼は『有閑階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人ややもすれば我が礼儀の委曲繊巧に流るるを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、にはかに其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、なお之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ、繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。

現代語訳

もっともなことで、衣食が足りて礼節を知ると言い、またヴェブレン氏が趣味の多い著作『有閑階級の理論』において、礼は有閑階級の生活が生むものであり、またそれを表すものである、と言うのも当然です。ヨーロッパの人はともすれば、わが国の礼儀が細かく繊細に流れるのを笑い、それに大きな思慮を費やし、固く守っているのは愚かさの極みだと評します。私もまた礼儀が煩雑なために、無用な細部にこだわることがあるのを知っています。しかし西洋の絶えず移り変わる流行を追う愚かさと比べると、私はどちらが優れているかを急に判じるのに苦しみます。それでも私は、あの流行すらも虚栄の癖だとは思わず、かえってそれを、人の心が絶えず美を慕う証だと認めます。であれば、どうして繊細な儀礼をまったく取るに足らないとできましょうか。

解説

自国の礼儀の煩雑さを、まず自分で認めます。無用な細部にこだわることがある、と。そのうえで、流行を追い続ける西洋の愚かさと比べればどちらが上とも言えない、と返す。しかも相手の流行追いを虚栄と切り捨てず、美を慕う心の表れだと認めるところに幅があります。自分の欠点を認めてから相手を比べ、しかも相手を全否定しない。この本の比較の作法が、よく表れた一段です。

この章句が説くこと

礼儀流行比較自省

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる