玉勝間 / 五の巻 いせ物語の中の歌
「岩間よりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひもありなん。此歌の意は、見る事だにかはらず有らば、今はとまれかくまれ、後つひには、そのかひ有て、逢フ事もあらむと云へるなり。四の句は、とまれかくまれと云ふ意なるを、みるめの緣に、海の事もて云へるのみなるを、詞になづみて、此句の意をとき得たる人無きぞかし。
新字:「岩間よりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひもありなん。此歌の意は、見る事だにかはらず有らば、今はとまれかくまれ、後つひには、そのかひ有て、逢フ事もあらむと云へるなり。四の句は、とまれかくまれと云ふ意なるを、みるめの縁に、海の事もて云へるのみなるを、詞になづみて、此句の意をとき得たる人無きぞかし。
書き下し
「岩間よりおうるみるめしつれなくはしおいしおみちかいもありなん。この歌の意は、見る事だにかわらず有らば、今はとまれかくまれ、後ついには、そのかい有りて、逢う事もあらむと云えるなり。四の句は、とまれかくまれと云う意なるを、みるめの縁に、海の事もて云えるのみなるを、詞になずみて、この句の意をとき得たる人無きぞかし。
現代語訳
「岩間から生える海松布(みるめ)が変わらずにあるように、あなたと会う機会さえ変わらずにあるならば、潮が引こうが満ちようが、いつかはかい(貝・甲斐)もあるだろう」。この歌の意味は、会うことさえ変わらずにあるならば、今はどうであれ、後にはついにそのかいがあって、契りを結ぶこともあるだろう、と言っているのである。四の句(しおいしおみち)は「ともかくも」という意味なのを、「みるめ」の縁語として海のことで言っているだけなのに、言葉にとらわれて、この句の意味を解き得た人がいないのである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つ女はを、嫗はおの仮字にて、分かるるなり。又つけると云う詞もいかが。真名本に、世営と書けり。よこころあると訓むべし。色好む心の有る老女なり。あいえてしも、同じ本に、あい見てしと有るよろし。その次の詞も、かの本よろし。出でたつけしきは、男のなさけ有りて、嫗のがりゆかむと思いて、出でたつなり。いずくなりけん、けんと云う詞いかが。いずくなるらんと、など有るべきにや。もし又けんをたすけて云わば、物語の地の詞として、いずくにての事なりけんと見るべし。昔男いせの国なりける女云云、真字本に、女をと有るよろし。むかしそこには云云、真字本に、昔男と有り。むかし男、いせの国にいていきて云云、こは本は、いせの国なる女に、京にいていきて云云、と有りしが、二文字の重なれるによりて、京にと云う事の、後に落ちたるなり。次なる歌ども、必ず伊勢なる女とこそ聞えたれ。「いわまより云云、この歌の四の句、解き得たる人無し。しおいしおみちは、とまれかくまれと云う意なるを、海の詞にて云えるのみなり。今はともかくもあれ、末ついにはかい有りて、逢う事も有らんと云えるなり。きょうの御わざを題にての、きょうのは、その日のと有るべき言なり。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つ初めのくだり、男のきたりける云云、男の、のの文字ひがことなり。真名本に無きぞ宜しき。男のとては、云云して歌を書きてやる事、女のしわざになるなり。月やあらぬちょう歌の条、ほいにはあらで、この詞聞えず。真字本に、穂にはと有るも、心ゆかず。穂には出でずなどこそ云え、ほにはあらでなどは、聞きつかぬ心地す、猶もじの誤りなどにや。うつの山のところ、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかえではしげりて云云、かえではのはは、てにおはなり。上の道はのはと重ねて、こうように云う、一つの格なり。「秋はきぬ紅葉はやどに降りしきぬ道ふみ分けてとう人は無し、など、三つも重ねて云える、この類多し。真名本に葉と書けるによりて、然か心得ては、いとつたなき文になるなり。「君がためたおれる枝は云云。この歌は、君にわが心ざしの深きにかないて、春ながらも、秋のごとく色ふかく染めたり、と云う意なるべし。注どもに、秋と云う言になずみて、女の心のうつろう事に心得たるはいかが。さてはかえしの歌めずらしげ無し。又女の心を疑うべきよしも、上の詞に見えず。「いでていなば心かろしと云云。
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『玉勝間』五の巻 またいせ物がたりは、物語のあるが中にも、おもしろく、詞すぐれたる物語にて、世にあまねくもて遊ぶ物語なるを、あやしう心得ぬふしどもも、所々まじれるは、後の人の、写しひがめたるなめり。さるを、やがてたすけて説かむとせば、なかなかにしい言にぞなりぬべき。又これはすべて例の作り物語にし有れば、在五中将にまれ、こと人にまれ、その人の上の事のたがいめなどは、咎むべきにも有らず。ただおかしく作りなしたる、ことのあやをこそ、とりめでて、歌まなびのたすけにも、文かくほんにもすべき業なれ。歌も稀には、得も云わず悪ろきも交じれり、さる心して見るべし。注釈どもは、あまた有る中に、云うべきは、契沖が臆断、師の古意ぞ有るを、たがいになん善き悪しき所は有りける。又共にいかにぞや覚ゆるふしも少なからず。おのれはた思い得たるふしども有りて、早くより、つぶさにしるさまほしく思いわたるを、めかり塩焼かねども、伊勢おのあまのいとま無くて、得しもはたさぬが、口惜しさに、せめてただこれかれと撰り出でて、いささか上の件には物しつるぞかし。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つ歌によりて思うに、とぶらいたりける人の、など有るべきにや、「おもおえず袖に云云、袖に湊のと云うこと、聞えず。又真名本に、袖に浪渡のと書けるは、下の句とむげにかけあわず、ひが事なり。浪渡は、異所にも斯く書きて涙なり。されば思うに、こは袖の湊のなるべし。たとい袖の湊と云う名所は無くとも、涙の深き事を、下の句の縁に、然か云いつべき物なり、のをにに誤れるなるべし。女の手あらうところに云云、ここの文きこえず。真名本にて聞えたり。但しかの本も、泣く影のうつりけるを見てちょう下に、女と云う言無くてはいかが。たち聞きても、かの本に聞きつけてと有るぞ善き。「水口に我や云云、この歌の初めの二句の注ども、いずれもいささかたがえり。こはさだめてわが泣く影も、ともに見えやすらんと云えるなり。こうように見ざれば、下の句にかなわず。わが影の見ゆるにや有らむと云うとは異なり。「ならわねば云云、この歌、詞たらわで、聞えぬ歌なり。とかくなまめくあいだに、かのいたる蛍を云云、かくては、なまめくは、いたるには有らで、異人と聞えていかが。とかくなまめきつつ、蛍をとりて、などこそ有るべけれ。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つうまのはなむけせんとて、人を待ちけるに云云、人をと云うこと、あまれり、真字本には無し。但し上なる、物へいく人にと云う詞の、無き本も有り。それは人を待ちけるにてよろし。又男、「行く水と過ぐるよわいと云云、この歌この条にかなわず、真名本に無きぞ善き。又男女の忍びありきしける云云、この詞も、このくだりにかなわず。人知れぬ物思いけり、この詞いたずらなり。むかし心つきて云云、心つきて、聞えず。真名本に、栄而と有るも心得ず。田からんとては、男の事にて、この男の田からむとてあるを見て、と云う意なり。かくてものいたくやみて云云、この事、上の詞歌に似つかず、別儀なりしが、詞ども落ちて、乱れたるなるべし。昔年ごろ音づれざりける女、昔の下に、男のと云う事無くては、足らず。又よさりこの有りつる云云の上にも、その男、或いはその人など有るべきことなり。「これやこの我に云云、この歌、おうみをと云うこと、聞えず。近江に云い掛けたりとせんも、しいごとなり。もし然らば、上に近江の国の事無くては、ととのわず。又下の句も、これやこのと云えるにかなわず。昔よごころつける女云云、これは、女にてはかなわず、真名本に、嫗女と有るぞよろしき。仮字の乱れたるより、斯かるまぎれもおのずからなり。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つさてそれを、わが本意なりと云えるなり。「今までに云云、とてやみにけりと云う詞、上に心ざしはたさむとや思いけむ、と云えるに、かなえりとも聞えず。このくだり、真字本はよく聞えたり。昔男ありけり、いかが有りけむ、その男云云は、真名本に、昔男女云云と有り、さらでは足らわず。さてやがて後ついに、この所詞重なりて、くだくだし。真名本には、さてついにと有り。さてここは、作者の語なれば、きょうまでと云えるもいかがなり。然れば、さて後ついによくてやあらん云云、とこそ有るべけれ。むくつけきことと云うより、おわぬものにや有らんと云うまでは、のろいごとを評したる語なり。むくつけきことは、むくつけき事よと云う意なり。かくて今こそは見めと云う一句は、さかでうちたる男の、のろいていえる言なるを、評する語の中へ引き出でて云えるなり。よき酒ありと聞きて、この下に詞落ちたるなり。さらでは、下にその日はと云えるも、より所無し。試みにその落ちたる詞をおぎなわば、よきさけ有りと聞きて、うえにありける人々、飲まんとて来けり。左中弁云云、などや有りけむ。あるじのはらからなるの下に、男など有らまほし。なくなりにけるを、真名本に、なくなりたる女をと有り、よろし。
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