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玉勝間 / 五の巻 鴫立沢

同じ書に、しぎたつ澤と云ふ所にいたりぬ、西行ほうしここにて、「心なき身にもあはれはしられけり、と詠ぜしより、この所を、かくは名づけけるよし、里人語り侍ければ、「あはれ知る人の昔を思ひ出て鳴たつさはを泣くなくぞとふ、と云へり。此しぎたつ澤と云ふ所は、うけられぬ事なれど、其頃より、早く然か云へりしなりけり。

新字:同じ書に、しぎたつ沢と云ふ所にいたりぬ、西行ほうしここにて、「心なき身にもあはれはしられけり、と詠ぜしより、この所を、かくは名づけけるよし、里人語り侍ければ、「あはれ知る人の昔を思ひ出て鳴たつさはを泣くなくぞとふ、と云へり。此しぎたつ沢と云ふ所は、うけられぬ事なれど、其頃より、早く然か云へりしなりけり。

書き下し

同じ書に、しぎたつ沢と云う所にいたりぬ、西行ほうしここにて、「心なき身にもあわれはしられけり、と詠ぜしより、この所を、かくは名づけけるよし、里人語り侍りければ、「あわれ知る人の昔を思い出でて鴫たつさわを泣くなくぞとう、と云えり。このしぎたつ沢と云う所は、うけられぬ事なれど、その頃より、早く然か云えりしなりけり。

現代語訳

同じ書(『回国雑記』)に、「鴫立沢というところに着いた。西行法師がここで『心なき身にもあわれは知られけり(情趣を解さない身にも、しみじみとした趣は感じられることだ)』と詠んでから、この所をそう名づけたのだと里人が語ったので、『あわれを知る人(西行)の昔を思い出して、鴫立沢を泣く泣く訪ねることだ』」と言っている。この鴫立沢という所(が西行の歌の場所だということ)は受け入れられないことだが、そのころから、早くもそう言っていたのである。

解説

相模の大磯にある鴫立沢という名所について、その言い伝えの古さを確かめた段である。西行の名歌「心なき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」は、特定の場所を詠んだものではなく、秋の夕暮れの沢一般の景色である。ところが大磯には、西行がここで詠んだから鴫立沢という、という伝えがあった。宣長は、その土地の由来話は信じられないとはっきり言う。それでも室町時代の紀行にすでに里人の語りとして出てくるので、伝承そのものは古いと認める。名所の由来の真偽と、伝承の古さとを分けて扱う、冷静な態度である。観光地の由来話を聞くときにも、話の中身と、その話がいつからあるかは別の問題だと気づかせてくれる。

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