玉勝間 / 五の巻 ほほかす ひき
物を棄ることを、俗事にほかすと云ふは、おちくぼの物がたりに、ほほかし給ふと有り。又同物語に、弁の君がひきにて參りたりと有る、ひきは、今云ふひいきなり。
新字:物を棄ることを、俗事にほかすと云ふは、おちくぼの物がたりに、ほほかし給ふと有り。又同物語に、弁の君がひきにて参りたりと有る、ひきは、今云ふひいきなり。
書き下し
物を棄つることを、俗事にほかすと云うは、おちくぼの物がたりに、ほおかし給うと有り。又同じ物語に、弁の君がひきにて参りたりと有る、ひきは、今云うひいきなり。
現代語訳
物を捨てることを、俗な言葉で「ほかす」と言うのは、『落窪物語』に「ほうかし給う」とある。また同じ物語に「弁の君のひきで参った」とあるが、この「ひき」は今言う「ひいき(贔屓)」のことである。
解説
宣長の時代の俗語が、平安の物語にすでに見えることを示した段である。上方では今も物を捨てることを「ほかす」と言うが、宣長はこれが『落窪物語』の「ほうかし給う」にさかのぼると指摘する。また「ひき」という語は、今の「ひいき」、つまり目をかけて引き立てることだという。宣長は、俗語を卑しい言葉として退けなかった。むしろ田舎の言葉や庶民の言い回しの中に古語が残っていることを重んじ、各地の方言にも関心を寄せた。雅な歌語と俗な日常語を切り離さず、同じ言葉の流れの中に見る。それが古語を生きたものとして理解する近道だと考えていたのである。方言や口癖を恥じる必要はなく、そこに言葉の歴史が眠っていることを教えてくれる。
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 屎まるをはこすと云ふ事くそを、この伊勢の国の山里人など、はこと云うことあり。そは古は然るべき人は、糞を箱もてとりて、捨てけるより出でて、古き詞にぞありける。ある物語書に、平仲が、本院の侍従と云う女房を、ふかく恋い思いたる事を云える中にいわく。思いわびて思うよう、この人(侍従を云う)かくおかしくとも、はこにしたらん嗅ぐことは、たれも同じようにこそあらめ、これをさがして、見かぎなどして、思いとまりなむと思いて云云、と云えり。はこにしたらむ事とは、糞を云えるなり。
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事いずれの国にても、しず山がつの云う言は、よこなまりながらも、多く昔の言を云い伝えたるを、人繁くにぎわわしき里などは、他国人も入りまじり、都の人なども、事にふれて来通いなどする程に、おのずからここかしこの詞を聞きならいては、おのれも言撰りして、なまさかしき今ように移り易くて、昔ざまに遠く、なかなかにいやしくなんなりもて行くめる。まことや同じ肥後の国の、またの人の云える、かの国にて、ひきがえると云う物を、たんがくと云うなるは、古のたにぐくの訛りなるべく覚ゆ、と語りしはまことに然かなるべし。このたぐいの事、国々になお聞ける事多かるを、今はふと思い出でたる事を云うなり、なお思い出でむままに、またも云うべし。
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事すべて田舎には、古の言の残れること多し、殊に遠き国人の云う言の中には、面白き事どもぞまじれる。おのれ年頃心をつけて、遠き国人の、とぶらい来たるには、必ずその国の詞を問い聞きもし、その人の云う言をも、心とどめて聞きもするを、なお国々の詞どもを、あまねく聞きあつめなば、いかに面白きこと多からん。近き頃、肥後の国人のきたるが、云うことを聞けば、世に見える聞えるなど云うたぐいを、見ゆる聞こゆるなどぞ云うなる。こは今の世には絶えて聞こえぬ、雅びたることばづかいなるを、その国にてはなべてかく云うにやと問いければ、ひたぶるの賤山がつは皆、見ゆる、きこゆる、さゆる、たゆる、などように云うを、少し言葉をもつくろう程の者は、多くは見える、聞える、とように云うなり、とぞ語りける。そはなかなか今の世の俗き云いざまなるを、なべて国々の人の云うから、そを善き事と心得たるなんめり。
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『玉勝間』八の巻 おひなる女の詞に、人の寝たるが起くる事を、おひなると云う。伊勢などにては、おひるなると云う。
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