玉勝間 / 五の巻 巻頭枯野のすすき五
秋過て、草はみながら枯れはてて、さびしき野べに、ただ尾花のかぎり、心長く殘りて、むらむら立てるを、あはれと見て、詠める。かれぬべき枯野の尾花かれずあるを枯れずこそ見め枯れぬ限りは。斯かるすずろごとをさへに、とり出たるは、見ん人、をこに思ふべかめれど、よしやさばれとてなん。
新字:秋過て、草はみながら枯れはてて、さびしき野べに、ただ尾花のかぎり、心長く残りて、むらむら立てるを、あはれと見て、詠める。かれぬべき枯野の尾花かれずあるを枯れずこそ見め枯れぬ限りは。斯かるすずろごとをさへに、とり出たるは、見ん人、をこに思ふべかめれど、よしやさばれとてなん。
書き下し
秋過ぎて、草はみながら枯れはてて、さびしき野べに、ただ尾花のかぎり、心長く残りて、むらむら立てるを、あわれと見て、詠める。かれぬべき枯野の尾花かれずあるを枯れずこそ見め枯れぬ限りは。斯かるすずろごとをさえに、とり出でたるは、見ん人、おこに思うべかめれど、よしやさばれとてなん。
現代語訳
秋が過ぎて、草はすべて枯れはて、さびしい野辺に、ただ尾花(すすき)だけがしぶとく残って、あちこちにまとまって立っているのを、しみじみと見て詠んだ歌。「やがては枯れるはずの枯野の尾花が、まだ枯れずにいるのを、枯れていないものとして見よう、枯れてしまわないうちは」。このようなとりとめもない歌までわざわざ持ち出したのは、見る人は愚かなことと思うだろうが、まあどうともなれと思ってのことである。
解説
五の巻の巻頭に置かれた小文で、巻の名「枯野のすすき」の由来を記したものである。玉勝間は巻ごとに歌の言葉から取った名を持ち、巻頭でその歌を示す。草がみな枯れた秋の野に、すすきだけがなお立っている。いずれ枯れるにしても、枯れないうちは枯れていないものとして見よう、という歌である。老いてなお書き継ぐ随筆の姿を、残るすすきに重ねたと読むのが自然だろう。宣長はこの書を六十代から没年まで書き続けた。結びの「見ん人、おこに思うべかめれど、よしやさばれ」には、つまらぬ歌だと笑われても構わないという、気負いのない開き直りがある。終わりを見据えながら、終わるまでは生きたものとして扱う。老いへの一つの構えとして読める。
関連する章句
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