玉勝間 / 四の巻 月草の事
月草は、今世に露草と云ふ物なり。國によりて、ぼうし草とも、べべし草とも云ふ。世にぼうしと云ひて、物を染る紙あるは、此草にて染たる故の名なり。又古き歌に、花色衣と詠めるも、此月草染なり。今の世に、靑色を花色と云ふ是れなり。又それをちくさとも云ふは、月草を訛れるなり、と或人云へり。
新字:月草は、今世に露草と云ふ物なり。国によりて、ぼうし草とも、べべし草とも云ふ。世にぼうしと云ひて、物を染る紙あるは、此草にて染たる故の名なり。又古き歌に、花色衣と詠めるも、此月草染なり。今の世に、青色を花色と云ふ是れなり。又それをちくさとも云ふは、月草を訛れるなり、と或人云へり。
書き下し
月草は、今の世に露草と云う物なり。国によりて、ぼうし草とも、べべし草とも云う。世にぼうしと云いて、物を染むる紙あるは、この草にて染めたる故の名なり。また古き歌に、花色衣と詠めるも、この月草染めなり。今の世に、青色を花色と云うこれなり。またそれをちくさとも云うは、月草を訛れるなり、と或る人云えり。
現代語訳
月草は、今の世に露草というものである。国によって「ぼうし草」とも「べべし草」とも言う。世間で「ぼうし」と言って、物を染める紙があるのは、この草で染めたための名である。また古い歌に「花色衣」と詠んでいるのも、この月草染めである。今の世に青色を「花色」と言うのがこれである。またそれを「ちくさ」とも言うのは、「月草」が訛ったのだ、とある人が言った。
解説
万葉集以来歌に詠まれてきた「月草」が、今の露草であることを説いた一段である。露草は青い花で、その汁は布によく付くが色が褪せやすいため、万葉集では移ろいやすい心のたとえとして詠まれた。宣長は、地方によってぼうし草・べべし草とも呼ぶこと、染料を染み込ませた「ぼうし」という紙の名もこの草から来ていること、古歌の「花色衣」もこの月草染めであり、今の世で青色を「花色」と呼ぶのもこれだ、と次々に結びつける。最後に、「ちくさ」という呼び名は月草の訛りだという人の説を紹介している。古歌の言葉と、今の人々の暮らしの中の物の名や色の名とが、一本の草でつながってゆく。古語を生きた暮らしの中で確かめようとする宣長の姿勢がよく出た段である。
関連する章句
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