武士道 / 第十六章 武士道の命脈・武士道の日は既に数えられたり
彼等は公平を欲せず、自家の賛譽を博すべきものと、他宗教の形式の誹毀すべきものとを打算計量するを以て、其喜びとす』と。されど個々人々の犯せる過誤の如何に關せず、彼等の信ずる基督教の眞髓は、吾人が武士道の將來を觀察するに當りて、必ずや考究せざるべからざる一大勢力あり。武士道の日は旣に數へられたり。視よ、凶兆天に懸りて、其未來を指示す。啻に兆證あるのみならず、又た强大なる諸多の勢力の之れが威壓轉覆に黽むるあり。
新字:彼等は公平を欲せず、自家の賛誉を博すべきものと、他宗教の形式の誹毀すべきものとを打算計量するを以て、其喜びとす』と。されど個々人々の犯せる過誤の如何に関せず、彼等の信ずる基督教の真髄は、吾人が武士道の将来を観察するに当りて、必ずや考究せざるべからざる一大勢力あり。武士道の日は旣に数へられたり。視よ、凶兆天に懸りて、其未来を指示す。啻に兆證あるのみならず、又た强大なる諸多の勢力の之れが威圧転覆に黽むるあり。
書き下し
彼等は公平を欲せず、自家の賛誉を博すべきものと、他宗教の形式の誹毀すべきものとを打算計量するを以て其喜びとす、と。されど個々人々の犯せる過誤の如何に関せず、彼等の信ずる基督教の真髄は、吾人が武士道の将来を観察するに当りて、必ずや考究せざるべからざる一大勢力あり。武士道の日は既に数へられたり。視よ、凶兆天に懸りて其未来を指示す。ただに兆証あるのみならず、又た強大なる諸多の勢力の、之れが威圧転覆に黽むるあり。
現代語訳
彼らは公平を望まず、自分の側が称賛を得られるものと、他の宗教の形式のうち誹謗できるものとを計算して比べることを喜びとする、と。しかし個々の人が犯した過ちがどうであれ、彼らが信じるキリスト教の真髄には、私たちが武士道の将来を観察するにあたって、必ず考えておかねばならない大きな力があります。武士道の日はすでに数えられました。ご覧なさい、凶兆が空に懸かってその未来を示しています。ただ兆しがあるだけでなく、強大な多くの力がこれを圧し倒そうと努めています。
解説
この章句が説くこと
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