玉勝間 / 四の巻 白氏文集
白樂天が詩の、皇國にわたりまうで來つる事、文德實錄三の卷に見ゆ。藤原朝臣岳守卒云云、承和五年出爲太宰少貳、因檢換大唐人貨物、適得元白詩筆奏上、帝甚耽悅、授從五位上、これなり。詩筆は、古本にも斯く有れども、元白と云ひ、帝甚耽悅云云、と有るなどを思ふに、詩集を寫し誤れるならむか、集ならば、はじめて渡りまうで來つるなるべし。こは樂天まだ世に在しほどの事なりき。
新字:白楽天が詩の、皇国にわたりまうで来つる事、文徳実録三の巻に見ゆ。藤原朝臣岳守卒云云、承和五年出為太宰少貳、因検換大唐人貨物、適得元白詩筆奏上、帝甚耽悦、授従五位上、これなり。詩筆は、古本にも斯く有れども、元白と云ひ、帝甚耽悦云云、と有るなどを思ふに、詩集を写し誤れるならむか、集ならば、はじめて渡りまうで来つるなるべし。こは楽天まだ世に在しほどの事なりき。
書き下し
白楽天が詩の、皇国にわたりもうで来つる事、文徳実録三の巻に見ゆ。藤原朝臣岳守卒す云々、承和五年出でて太宰少弐と為る、大唐人の貨物を検換するに因りて、適ま元白の詩筆を得て奏上す、帝甚だ耽悦し、従五位上を授く、これなり。詩筆は、古本にもかく有れども、元白と云い、帝甚耽悦云々、と有るなどを思うに、詩集を写し誤れるならむか、集ならば、はじめて渡りもうで来つるなるべし。こは楽天まだ世に在りしほどの事なりき。
現代語訳
白楽天(白居易、唐の詩人)の詩が皇国に渡って来た事は、文徳実録の巻三に見える。「藤原朝臣岳守が卒した云々。承和五年(838年)に都を出て太宰少弐となった。大唐の人の貨物を検査し交換する役目によって、たまたま元白(元稹と白居易)の詩筆を手に入れて天皇に奏上した。帝(仁明天皇)はたいへん耽り喜ばれ、従五位上を授けられた」とあるのがこれである。「詩筆」は古い写本にもこのようにあるけれども、「元白」と言い、「帝甚だ耽悦す」云々とあるなどを思うと、「詩集」を写し誤ったのであろうか。詩集であるならば、これが初めて渡って来たのであろう。これは楽天がまだ世に生きていた頃の事であった。
解説
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 美材草神同書に云う、小野美材、内裏の文集の御屏風を書き了りて、奥書に、大原居易は古詩の聖、小野美材は今草の神と云う。
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『玉勝間』四の巻 廿日草牡丹を二十日草と云う事、白氏文集、牡丹芳と云う詩に、花開き花落つ二十日、と有るより付けたる名なるべし。
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『玉勝間』十二の巻 光孝天皇の御世より歌の道又おこれる事同じ紀に、仁和元年冬十月壬子朔、皇帝紫宸殿に御し、宴を侍臣に賜う。左右近衛府遞いに音楽を奏し、日暮れて和琴を奏し和歌を作る、群臣具に酔い、歓を極めて罷む、禄を賜うこと各差有り。また同じ二年十月丙午朔、日これを蝕する有り。二日丁未、天皇紫宸殿に御し宴を侍臣に賜う。親王・太政大臣、及び参議已上、並びに殿の座に侍し、六府番上の簿を庭に奏し、左右近衛府、遞いに音楽を奏す。酣暢の後、参議右衛門督藤原朝臣諸葛に勅命して、和琴を弾かしめ、王公並びに歌を作り、天皇自ら歌いたまい、宴楽景を畢う。と見えたり。そもそも嵯峨の天皇もはらから詩をのみ好ませ給いしより、かかる御宴のおりなども、ただ詩をのみ作られて、歌のことは、絶えて聞えざりしに、光孝天皇の御世より、またかく歌を好ませ給いて、詩のかたは、衰えそめにたりき。
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『玉勝間』十の巻 詩の事云へるから人の詞一ッ二ッ厳滄浪、詩話と云う物に、詩の是非は、必ずしも争わず、試みに己が詩を以て、之を古人の詩の中に置き、識者に与えて之を観しめ、弁ずること能わざれば則ち真の古人なり、と云える事あり。歌もさることなり。また王敬美が芸圃擷余と云うものに、余嘗て明卿の五七言律に服して謂う、他人の詩は、多く高き処に於て穏やかなるを失い、明卿の詩は、多く穏やかなる処に於て高きを蔵す、と云えり。これまた歌もさることなり。凡てもろこしにて、宋明の頃など、詩の事を論じたるに、歌とこころばえのもはら同じき、かかるたぐいの事多かり。若かりし程、こうようのからぶみどもをも、いささか見たりし中に、おかしと覚ゆるふしぶし、ぬき出でて書きおきつるが、ものの底に残れるを、引き出でて見れば、今もおかしき事どものまじれるを、ひとつ二つまたぬき出でつるなり。
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『玉勝間』十三の巻 唐法に依べき詔書の事同紀に、承和九年、文章博士従三位菅原朝臣清公薨ず、その伝に、弘仁九年、詔書有り、天下の儀式、男女の衣服、皆唐法に依り、五位已上の位記、改めて漢様に従い、諸宮殿院堂門閣、皆新額を着け、又百官の舞踏を肄う、此の如き朝儀、並びに関説を得、と見えたる、この事国史には見えず。記略に、弘仁九年三月丙午、詔して曰く云云、その朝会の礼、及び常に取服する者、又卑の貴に逢いて跪く等、男女を論ぜず、改めて唐法に依れ。但し五位已上の礼服、諸の朝服の色、衛仗の服、皆旧例に縁りて、改張すべからずと有り。弘仁の帝は、殊に漢を好ませ給いしみかどにぞおわしましける。
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