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文武訓 / 文訓上

一詩はわが國の風俗にそむけり。國土に宜しからず。心ことば同じからざる故に、かよひがたく知りがたし。中夏のことば意に通じがたし。故に、いにしへ本朝の才士名家といへども、詩ははなはだ歌におとりて、つたなくして、中夏の作には大におとれり。中華の詩に及ばざるのみならず、やまと歌にも大におとれり。もろこしの詩にも、和歌にも及ばざることかくの如し。わが國に宜しからざることを作るは、土宜にかなはず。古今の序に書ける、詩賦の作日本に行はれしより、和歌の道おとろへけり。げにも、わが國俗にあらざれば、歌をよまずして詩を作るは、本末たがへるなり。博學多識にして詩才あらば、作るも可なり。しからずんば、わが心にかなひがたく、つたなきを人に見せて、わらはれんもはづかし。

新字:一詩はわが国の風俗にそむけり。国土に宜しからず。心ことば同じからざる故に、かよひがたく知りがたし。中夏のことば意に通じがたし。故に、いにしへ本朝の才士名家といへども、詩ははなはだ歌におとりて、つたなくして、中夏の作には大におとれり。中華の詩に及ばざるのみならず、やまと歌にも大におとれり。もろこしの詩にも、和歌にも及ばざることかくの如し。わが国に宜しからざることを作るは、土宜にかなはず。古今の序に書ける、詩賦の作日本に行はれしより、和歌の道おとろへけり。げにも、わが国俗にあらざれば、歌をよまずして詩を作るは、本末たがへるなり。博学多識にして詩才あらば、作るも可なり。しからずんば、わが心にかなひがたく、つたなきを人に見せて、わらはれんもはづかし。

書き下し

一詩はわが国の風俗にそむけり。国土に宜しからず。心ことば同じからざる故に、かよひがたく知りがたし。中夏のことば意に通じがたし。故に、いにしへ本朝の才士名家といへども、詩ははなはだ歌におとりて、つたなくして、中夏の作には大におとれり。中華の詩に及ばざるのみならず、やまと歌にも大におとれり。もろこしの詩にも、和歌にも及ばざることかくの如し。わが国に宜しからざることを作るは、土宜にかなはず。古今の序に書ける、詩賦の作日本に行はれしより、和歌の道おとろへけり。げにも、わが国俗にあらざれば、歌をよまずして詩を作るは、本末たがへるなり。博学多識にして詩才あらば、作るも可なり。しからずんば、わが心にかなひがたく、つたなきを人に見せて、わらはれんもはづかし。

現代語訳

一、漢詩はわが国の風俗にそむいています。国土に合いません。心と言葉が同じでないので、通じにくく知りにくいのです。中国の言葉の意味には通じにくいのです。ですから、昔のわが国の才ある人や名家でも、漢詩は和歌に大いに劣り、つたなくて、中国の作品には大いに劣っています。中国の詩に及ばないばかりか、大和歌にも大いに劣っています。中国の詩にも和歌にも及ばないことは、このとおりです。わが国に合わないことをするのは、土地柄にかないません。古今集の序に書かれているように、詩賦を作ることが日本で行われてから、和歌の道は衰えました。まことに、わが国の風俗でないのですから、歌を詠まずに詩を作るのは、本末が逆さまです。博学多識で詩の才能があれば、作るのもよいでしょう。そうでなければ、自分の心にもかないにくく、つたないものを人に見せて笑われるのも恥ずかしいことです。

解説

日本人が漢詩を作ることに対して、言葉と心が一致しないので上達しにくく、中国の詩にも和歌にも劣ると厳しく評しています。古今集真名序が、大津皇子が詩賦を作り始めてから和歌が衰えたと記すのを引き、自国の歌を捨てて詩に走るのは本末転倒だと言います。儒者が漢詩をたしなむのが当然だった時代に、あえて自国の言葉を重んじた主張です。外国語で格好をつけるより、母語で深く考え表現する力を磨けという話として今も通じます。

この章句が説くこと

詩和歌国俗風土本末

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