玉勝間 / 四の巻 人のうせたる後のわざ
すべて何わざも、古へをたふとまむともがら、おのが心にふさはしからず、思はむからに、今の上の御おきてにたがひて、守らざらんは、いみしくかしこき私なりかし。
書き下し
すべて何わざも、古えを尊まむともがら、おのが心にふさわしからず、思わむからに、今の上の御おきてにたがいて、守らざらんは、いみしくかしこき私なりかし。
現代語訳
総じて何事においても、古を尊ぼうとする者たちが、自分の心にふさわしくないと思うからといって、今のお上の御定めに背いて守らないのは、たいへん恐れ多い身勝手である。
解説
服喪の論の最後に置かれた、短いが重い戒めである。古を尊ぶ者が、今の制度は古の道に合わないと思うからといって、お上の定めに背いて守らないのは、ひどく畏れ多い「私」、身勝手である、と宣長は言う。前段までで、中国風の服喪制度を上辺の偽りと厳しく批判したが、それはあくまで議論の上のことで、実際の行いは今の定めに従え、というのである。宣長は古学を説きながら、同時に幕府や藩の秩序のもとで暮らす松坂の一町人・一医者として生きた。古の道を明らかにすることと、今の世の掟を勝手に破ることは別だという線引きを、弟子たちに向けてはっきり示している。正しいと信じる理想があっても、それを口実に今のルールを破ってよいことにはならない。
関連する章句
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