玉勝間 / 四の巻 人のうせたる後のわざ
親を思ふ心の淺からむ子は、三年をまたで、はやくかなしさはさめぬべきに、なほ服をきて、悲しきさまをもてつけ、又こころざし深からんは、三とせ過たらむからに、かなしさは歇むべきならぬに、ぬぎ捨てて、名殘り無くしなさむは、共にうはべのいつはりに有らずや。さるを皇國に此服と云ふ事の無かりしは、きはやかなるかぎりの無き悲しさのままなるにて、長くも短かくも、これぞまことにかなしむには有ける。服は着ざれども、悲しきはかなしく、着ても、かなしからぬは悲しからねば、いたづら事なり。さればかの國にても、漢の文帝と云ひし王は、こよなく服をちぢめたりしを、儒者は、いみしく善からぬ事に、もどき云へども、ことわり有る事ぞかし。皇國にならひまねばれたるにも、ちぢめて、親のをも、一とせと定められたり。さるはいと久しく、身のつとめを缺かむも、えう無きいたづら事なれば、かなしながらに、出て仕へんに、なでふ事かあらむ。さて斯く云ふは、服てふ事の有り無しの、本のあげつらひにこそあれ、すでに其の御おきての有るうへは、かたく守りて、冒すまじき物ぞかし。
新字:親を思ふ心の浅からむ子は、三年をまたで、はやくかなしさはさめぬべきに、なほ服をきて、悲しきさまをもてつけ、又こころざし深からんは、三とせ過たらむからに、かなしさは歇むべきならぬに、ぬぎ捨てて、名残り無くしなさむは、共にうはべのいつはりに有らずや。さるを皇国に此服と云ふ事の無かりしは、きはやかなるかぎりの無き悲しさのままなるにて、長くも短かくも、これぞまことにかなしむには有ける。服は着ざれども、悲しきはかなしく、着ても、かなしからぬは悲しからねば、いたづら事なり。さればかの国にても、漢の文帝と云ひし王は、こよなく服をちぢめたりしを、儒者は、いみしく善からぬ事に、もどき云へども、ことわり有る事ぞかし。皇国にならひまねばれたるにも、ちぢめて、親のをも、一とせと定められたり。さるはいと久しく、身のつとめを欠かむも、えう無きいたづら事なれば、かなしながらに、出て仕へんに、なでふ事かあらむ。さて斯く云ふは、服てふ事の有り無しの、本のあげつらひにこそあれ、すでに其の御おきての有るうへは、かたく守りて、冒すまじき物ぞかし。
書き下し
親を思う心の浅からむ子は、三年をまたで、はやくかなしさはさめぬべきに、なお服をきて、悲しきさまをもてつけ、また心ざし深からんは、三とせ過ぎたらむからに、かなしさは歇むべきならぬに、ぬぎ捨てて、名残り無くしなさむは、共にうわべのいつわりに有らずや。さるを皇国にこの服と云う事の無かりしは、きわやかなるかぎりの無き悲しさのままなるにて、長くも短かくも、これぞまことにかなしむには有りける。服は着ざれども、悲しきはかなしく、着ても、かなしからぬは悲しからねば、いたづら事なり。さればかの国にても、漢の文帝と云いし王は、こよなく服をちぢめたりしを、儒者は、いみしく善からぬ事に、もどき云えども、ことわり有る事ぞかし。皇国にならいまねばれたるにも、ちぢめて、親のをも、一とせと定められたり。さるはいと久しく、身のつとめを欠かむも、よう無きいたづら事なれば、かなしながらに、出でて仕えんに、なでう事かあらむ。さてかく云うは、服ちょう事の有り無しの、本のあげつらいにこそあれ、すでにその御おきての有るうえは、かたく守りて、冒すまじき物ぞかし。
現代語訳
親を思う心の浅い子は、三年を待たずに早く悲しさは冷めてしまうだろうに、なお喪服を着て、悲しそうな様子を取り繕い、また心ざしの深い子は、三年が過ぎたからといって悲しさがやむはずもないのに、喪服を脱ぎ捨てて、名残もないようにしてしまうのは、どちらも上辺の偽りではないか。それなのに皇国にこの服喪ということがなかったのは、はっきりした期限のない悲しさのままであって、長くても短くても、これこそが本当に悲しむということなのである。喪服は着なくても悲しいものは悲しく、着ても悲しくないものは悲しくないのだから、無駄なことである。だからあの国でも、漢の文帝という王は、服喪の期間を大いに縮めたのだが、儒者はそれをひどく良くないことだと非難するけれども、道理のあることなのだ。皇国で(中国の制度を)習いまねられたときにも、期間を縮めて、親の喪も一年と定められた。それは、あまり長く身の勤めを欠くのも不要な無駄事であるから、悲しみながらも出仕して仕えることに、何の差し支えがあろうか。さてこのように言うのは、服喪ということの有る無しの、根本の議論であって、すでにその御定めがある以上は、固く守って、犯してはならないものである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』三の巻 から人のおやのおもひに身をやつす事もろこしの国の、世世の物知り人どもの、親の喪に、身のいみしくやつれたるを、孝心ふかき事にして、しるしたるがあまたある中には、まことに心のかなしさは、いとさばかりも有らざりけむを、食物をいたくへらしなどして、痩せさらぼいて、ことさらに顔かたちをやつして、いみしげにうわべを見せたるが多かりげに見ゆるは、例のいといとうるさきわざなるを、いみしき事に褒めたるも又おこなり。失せにし親を、まことに思う心深くは、おのが身をも、さばかりやつすべき物かは、身のやつれに、病なども起りて、もしはからず、なくなりなどもしたらむには、孝ある子と云うべしやは、たとい然までには至らずとも、然かいみしくやつれたらむをば、苔の下にも、親はさこそ心ぐるしく思わめ、いかでかうれしとは見む。さる親の心をば思わで、唯だ世の人目をのみつくろいて、名をむさぼるは、何のよき事ならむ。すべて孝行も何わざも、世にけやけきふるまいをして、いみしき事に思わするは、かの国人のならいにぞ有りける。
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『玉勝間』四の巻 人のうせたる後のわざ人の死にたる後のわざ、上つ代にはいかに有りけむ。神代に天若日子の身うせにし時、八日八夜遊ぶと有りて、楽して遊びし事などの、わづかに見えたるのみにして、こまかなる事は、すべて知りがたし。ただし音楽して遊びし事は、なべての定まりなり。そのよしは古事記伝に云えるが如し。さて死を穢とする事は、神代より然り。されどそれも、日数のかぎりの定まりしは、後なるべし。また忌服は、から国をまねびたる、後の事なり。書紀の仁徳天皇の御巻に、素服と云う字など見えたれど、例の漢文のかざりにこそ有れ、そのかみさる事有りしにあらず。仲哀天皇崩りましまして、いく程も無く、神功皇后の、重き御神わざの有りしにても、服無かりけむ事知られたり。そもそも漢国に、喪服と云う事のかぎりを、こまやかに定めたるは、ねもころなるに似たれども、なかなかに心ざし浅き、うわべの事なり。親などにおくれたらん悲しさは、その月のその頃までと、きわやかにかぎりの有るべきわざには有らざるに、しいてかぎりをたてて、きわやかに定めたるは、かの国のなべてのくせにて、云いもてゆけば、人にいつわりを教うるわざなり。
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『玉勝間』二の巻 忌日祥月年忌の事また忌日たびたびにては、おのずからまことの忌日の、なおざりになるかたあり、とも云うべけれど、そは今も祥月とて、またことにすれば、これはた欠くるかたは無きぞかし。さてまた近き世には、年忌と云うわざ有りて、一周忌、三年忌、七年忌、十三年忌、十七年忌、廿五年忌、卅三年忌、五十年忌、百年忌と、また殊にねもころに物すなる、これはた古は曾て無かりしわざにて、皇国にては、昔は一周忌をはてと云いて、殊に物し、もろこしにては、一周忌を小祥と云い、服のはての三年を、大祥と云えるのみこそ有りけれ、その外仏の道にも、この年忌は無き事なり。然るにこのわざ、ようようにひろごりて、今は仏の諸宗にも、あまねくその祖師などのためにも、遠忌とて、三百年五百年千年などまで、遥かに数え出でて、いかめしく行う事とぞ成れりける。そもそもこの年忌と云うわざも、月毎の忌日と同じたぐいにしあれば、古に無かりしわざならんからに、捨つべきにもあらず。何わざも、古に異なるをば、ひたぶるにはぶき捨てむとするは、よろしからぬさかしらなり。そこないだに無くは、時世のならいにそむかざらむこそ善からめ。また事が中には、古よりも、今のしわざのまされるも、などか無からむ。
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『玉勝間』四の巻 人のうせたる後のわざすべて何わざも、古えを尊まむともがら、おのが心にふさわしからず、思わむからに、今の上の御おきてにたがいて、守らざらんは、いみしくかしこき私なりかし。
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『慎思録』巻之二三年の喪は、天下の通喪なり。蓋し人子哀痛惻怛の情、此に於て自ら已むこと能はざる所有り。而して孝子の心窮まり無し。故に先王之が為に中制を立て、之を限るに三年を以てす。期に至れば則ち天道一周し、時物皆変ず。其の天地の中に在る者、更始せざる莫し。是を以て之に象る。孝子の心、此に至るも猶ほ未だ已むこと能はず。再び之に加ふるに一年を以てする者は、隆を加ふるなり。故に之を倍して、再期にして已むべし。而して遽かに已むべからず。之に継ぐに一時を以てし、月を間てて禫す。禫して醴酒を飲み乾肉を食ふ。喪畢はる。是れ礼記三年問の説及び程子の意此くの如し。朱子の孟子の註に曰く、三年の喪は、子生まれて三年、然る後に父母の懐を免る。故に父母の喪は、必ず三年を以てするなり、と。此れ孔子の宰我に答ふるの言に本づく。蓋し孔子の宰我に答ふるに、此を以て告ぐる者は、宰我をして反りて諸を心に求め、自ら其の忍びざる所以を得しめんと欲するなり。朱子は此を以て喪の必ず三年を以てするの意を解す。此れも亦た孝子哀痛不忍の心、当に此くの如くなるべきを言ふのみ。古昔親の喪、期年に至りて已まずして、必ず三年に至る所以の者は、古人の平日習ひ知る所なり。況んや孔門の学者は、素より耳に熟する所にして、既に了々然たり。再び告ぐるを要せず。故に反りて諸を心に求めしめて、鞠育の恩に報ゆる所を以て之に告ぐること此くの如し。若し夫れ喪の必ず三年の久しきに至りて、遽かに已むべからざる所以の者は、礼記三年問、及び程子の説、詳明にして備はると謂ふべきなり。
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『玉勝間』四の巻 やしなひ子世には人に深き恨みなどを残して、なくなりたる者のたましいは、その人に来よりつきて、たたりをもなすに有らずや。さるはその人には、何のすじも有らざれども、ただ一ふし思いしめたるゆかりにだに、然かよりくる物を、ましてひたぶるに子とたのみて、代を継がせたる者の祭を、受けには来ざるべきものかは。
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