玉勝間 / 四の巻 四一半
同書に、打四一半と云へる事あり、博奕の名と聞ゆ。ついでに云ふ、今の世にばくやうに、ちよぼ一と云ふあり、樗蒲から書に見えたり。
書き下し
同書に、四一半を打つと云える事あり、博奕の名と聞こゆ。ついでに云う、今の世にばくように、ちょぼ一と云うあり、樗蒲から書に見えたり。
現代語訳
同じ書に「四一半を打つ」ということがあり、博打の名と思われる。ついでに言えば、今の世の博打に「ちょぼ一」というものがある。「樗蒲(ちょぼ)」は漢籍に見えている。
解説
吾妻鏡に出る「四一半」という語に注目した短い一段である。宣長はこれを博打の名と見る。四一半は鎌倉時代に行われた賽の博打で、幕府の法令にも禁じられた賭け事として名が見える。宣長はついでに、今の世の博打「ちょぼ一」を挙げ、その「ちょぼ」は漢籍に見える「樗蒲」という古い賭け事の名から来ていると示す。樗蒲は中国で古くから行われた、采を投げて勝負を決める遊戯である。宣長は、世の俗な遊びの名にも、古い書に遡る由来があることを面白く思ったのであろう。雅な歌や神話だけでなく、博打のような卑近な言葉にも関心を向け、その来歴を確かめて書き留める。玉勝間の随筆としての幅広さを示す一段である。
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 むかしは銭すくなかりし事おなじ書に、上品八丈絹六匹、代百廿文(各廿文)紺布二反、(無文)代四文とあり。むかしは銭のいといとすくなかりし程、これにて知るべし。また同書に、工藤庄司景光、佐与美の水干を着す、と云うこと見ゆ。今の世に、布に細目と云うがあるは、このさよみの訛れる名なるべし。
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『玉勝間』四の巻 あやめのまくら同じ書に、暦仁元年五月四日、晩に及びて将軍家より、昌蒲の御枕(金銀を鏤む)ならびに御扇等を公家に調進せらる云々。件の御枕は、六位の定役として調進する者なり、而るに御進物を求めらるるの次に依りて、かくの如し云々。あやめの枕の事、あだし書どもにも見えたるを、今はえ思い出でねばしるさず。思い出でたらん時に、またもしるすべし。
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『玉勝間』八の巻 将碁明月記に、囲碁双六将騎等の盤と有る、将騎は、将碁の事なるべし。園大暦に、大炊御門の大納言入道同じく入来し将碁の興有りと有り。
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『玉勝間』一の巻 年ノ始に病を歓楽といふ事同書に云う、承元二年正月十一日云々、将軍家御歓楽に依りて、延びて今日に及ぶ、今の世にも、年のはじめには、病と云う事をいみて、御歓楽と云うならわしのこれり。
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『玉勝間』九の巻 かたみせん今碁に、たがいせんと云う事を、続世継に、いごならば、かたみせんにてぞよく侍らむと有り。
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『玉勝間』三の巻 揚弓と云ふ物同記に云う、享禄三年二月三日午の時、参内す、御揚弓有り、と見えたり。禁中にもかかる事ありしにこそ。
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